玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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体中の穴が緩んでいるんです

▼私の数少ない特技に、目を覚ましたとき何時間寝たかわかるというものがある。先日、ふと目覚めたとき“6時24分ぐらいかな”と思った。いつもならまた眠りにつくが、なんとなく枕元のスマホを手に取り確認すると、まさに6時24分だった。普通は10分ぐらいずれるのだけど、なんだか怖くなってしまった。

 

この特技が人生で役に立ったことはない。寝る前に“明日の朝は6時24分に起きよう”と決めて起きることはできない。起きたときに、今何時間寝たとだいたいわかるだけなのだ。だから当然、寝坊もする。目が覚めて嫌な予感がして、これは完全に遅刻だと思って時計を見ると、ちゃんと寝坊している。「やっぱりな!」強く納得して遅刻できる。本当に役に立たない特技。

 

古代中国に孟嘗君という人がいて、三千人の食客を抱えていた。盗みや鶏の鳴きまねなど、どんなつまらない特技の者でも食客として迎え入れたという。あるとき孟嘗君は追手に追われるが、夜間に国境の函谷関に着いたものの関は閉じていた。食客の一人が名乗り出て鶏の鳴きまねをすると、辺りの鶏も鳴き始め、朝だと勘違いした門番が関を開けて孟嘗君を通したという。これによって孟嘗君は虎口を脱した。どんなつまらない特技でも役に立つ「鶏鳴狗盗」の故事はここからきている。

 

私の特技、鶏の鳴きまね以下だからな。どうにかしてこの特技を役立て、食客として生きていきたいし3億円ぐらい欲しい。

 

 

▼「体中の穴が緩んでいるんです」と男は言った。突如そんな告白をされて、私は間の抜けた「はあ」という返事をするしかなかった。

 

営業のSさんは責任感があり信用ができる人だ。営業でも、社内に向けて駆け引きをするタイプがいる。案件が取れるかどうか、社内に向けて実際よりも可能性を高く見積もる発言をする。システムを開発する場合、エンジニアや仕様を書く人間のスケジュールを確保する必要がある。営業の言葉をうけて、それぞれ仕事をずらしてもらい、予定を開けさせたのに一向に仕事が来ないで文句が出ることもある。営業の人もそれぞれ癖があり、この人が「50%ぐらいで決まりそう」といったら30%、「ほぼほぼ決まり。万が一がなければ大丈夫」といったら50%とか、なんとなくこちらも勘所がわかってくる。そもそも社内向けに変な駆け引きやめろ、と思いますけど。

 

営業のSさんは発言に誇張や脚色がない。「いけると思います」「難しいです」といえば、ほぼそのとおりになる。これは本当にありがたい。Sさんは50歳ぐらい。そろそろ体中の穴が緩んできたという。私には「穴が緩む」という意味がよくわからなかった。詳しく訊くと、尿が終わったと思ったらまだ残尿がありスーツを汚してしまったとか、おならだと思ったらウサギのような便がポロッと出てしまったとか、とにかく「体中の穴が緩んでいる」というのだ。たしかに四十半ばを超えると、若い頃と比べて尿の切れが悪い。ウサギのような便はまだ出ていない。

 

Sさんはお客さんとの大事な打ち合わせのとき、最近は紙オムツを着けていくという。万が一にもスーツの股の部分を汚してしまい、相手に悪い印象を与えて仕事を逃すわけにはいかないということらしい。紙オムツまで着けて仕事に備えるSさんの責任感の強さに感心する。今日、Sさんは車に轢かれたという。轢かれたといっても、ちょっとこすったぐらいだったがSさんは道路に倒れこんでしまった。運転手が降りてきて救急車を呼ぼうとしたが、Sさんは「かすっただけですし、大事な打ち合わせがあるので」と断ったという。あとあとトラブルになると困るし、本来ならば警察を呼ぶべきだろう。

 

Sさんは「救急で運ばれていったとき、オムツしてたら変態だと思うでしょ?」と言った。仕事への責任感で救急車呼ばなかったんじゃないんかい。おまえがどんな変態プレイしようと、どうでもいいわ。「足、大丈夫なんですか?」と訊くと「さっきまで平気だったんですけど、ジンジンしてきたんですよねえ」と、眉間に皺を寄せてため息をついた。打ち合わせは滞りなく終わり、Sさんは私に「これからコンビニでパンツを買って、履き替えてから病院へ行きます」と言った。そういう報告はいいから、さっさと病院いきなさいよ。結果、打撲ということで大事にならなかったのでよかった。

 

友人A子もかつて車にかすって転んだ際、上下の下着の色がバラバラなものを着けていたため救急車を呼ぶことを拒否し「大丈夫なんで!」を連呼して逃げたと言っていた。人は命がけで変な見栄を張る。

 

 

▼映画の感想『ナイトメア・アリー』を書きました。野心あふれる男が怪しげなサーカス団からのし上っていく話。ギレルモ・デル・トロ監督です。グロテスクで怪しげなところを入れてくるのは、いつものギレルモ・デル・トロ。ちょっと長かったな。

 

短め映画の感想。

『不思議惑星キン・ザ・ザ』‥‥金のかかった学芸会のような奇妙な作品。観客への理解を求めないというか、よくこういうの作ったなと感心してしまう。マッチや水がものすごく貴重というのは、当時のソ連の社会状況を揶揄しているのだろうか。珍作。クー!

 

『スパイダーマン:スパイダーバース』‥‥アニメ化されたスパイダーマン。違う次元からいろんなスパイダーマンが集まってくる。スピード感のある戦闘場面とアニメの表現がうまく融合しており、面白かったです。