玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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フライパンの蓋を洗いたい

▼長い間使っていた皮の小銭入れが壊れたので買い替える。父の形見がまたひとつなくなった。こうして少しずつ亡くなった人の形見が身の回りから消え、思い出さなくなっていくのか。それは少しだけさびしいことかもしれないが、それでいいのかもしれない。

 

 

▼朝ぬくぬくと寝ていると、火災報知器の点検がやってきた。完全に忘れていた。日曜は私をぬくぬくさせよ。半年に一回か、一年に一回か忘れたが、火災報知器と排水管清掃は家に人が入る。それにあわせて大掃除をしており、だから家の秩序がかろうじて保たれているところがあった。そうでなければ真面目に掃除しない。私は外圧にめっぽう弱い。いくら開国するといいつづけても、結局のところ大砲を積んだ船に脅されないと真面目に考えないというか。たとえが壮大ですけども。

 

そうして火災報知器点検がやってきて、私は5分待ってもらって家を片付けた。もうこれでいいことにした。今年の大掃除は終わった。あらためて鎖国に入る。

 

「泰平の眠りをさます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」というのはペリーの黒船来航についての狂歌だが、あらためてみても本当によくできている。お茶を四杯飲んだだけで眠れないという歌だが、黒船(蒸気船)がたった四隻やってきただけで眠れないと皮肉っている。喜撰というのは宇治の高級茶で、そのうち上等のものを上喜撰といい、蒸気船と掛けている。四杯飲んだだけの「四杯」だが、船は「艘」「隻」「杯」で数える。

 

部屋に奇妙な虫が出る女こと虫ちゃんにこの話をすると「すごっ! よくできてる。ねづっちみたいですね」と感心される。しかし、なんだ、ねづっちみたいと聞くと、そんなたいした歌でもないような。途端に安くなった気がする。というか、ねづっちに失礼な話。

 

 

▼フライパンの蓋だけ買う。買ったときは毎回「今度は毎回洗う、きれいに使う」と決意するが、さして洗いもせず、気づけば蓋の裏側は油まみれに。ということを繰り返してきた。

原因を考えたが、蓋がアルミ製なのが悪いのではないか。中が見えない。つまり、蓋の裏側がどうなっていてもわからない。エイリアンが住み着いて宴会をやっていても、こちらとしてはあずかり知らぬところ。

これが今回購入した新しい強化ガラス製の蓋。これならば、少しの汚れでも気になるだろう。いくら私が無精でも、これならば毎回洗う‥‥はず。洗う‥‥であろうよ。しかし、本当に「洗う」という行為は人類に必要なものなのか‥‥。四十半ばを超え、いまだ自分が信じられない。フライパンの蓋は洗われるのか。私が私を信じられる日は訪れるのか。

 

 

▼結婚式でウェディングケーキを持ってきたスタッフが、ケーキを落としてしまい台無しにしてしまう動画をSNSで見た。新郎が「上の部分はきれいだから食べられるよ」といった様子で、スプーンですくって食べてみせた。ミスをしたとき、そのマイナスをプラスに換えられる優しさに裏打ちされた知性を見るのは楽しいもの。式場のスタッフを怒鳴りつければ式は台無しになったに違いない。そんな人との結婚生活は恐ろしい。

この夫ならば、結婚生活の中で妻がウェディングケーキをひっくり返すぐらいの失敗をしても、笑ってフォローしてくれるだろう。いい人だなと思う。もっとも今は、式場にケーキ代を弁償させ、式の費用をいくらか値引かせたという人のほうが評価される世の中かもしれない。どちらの価値観が正しいかは当事者しだいで、結局は自分がどう生きたいかという話でしかないのだろうけど。

 

 

▼1970年代に起きた連続企業爆破事件に関わったとして指名手配された桐島聡容疑者(70)が逮捕されたニュースを見る。

 

子供の頃、ごく稀に過激派が捕まったというニュースが流れた。多くは私が生まれる前の事件で、何をしたのか、どうして事件を起こしたのかもわからない。桐島容疑者は50年も逃げ続けており、それだけで人生の大半を空費してしまったのだなと思うと奇妙な気持ちになる。空費というのはこちらの勝手な思い込みで、本人にしてみれば意味のある武力闘争だったかもしれないが。

 

いつの間にか過激派は爆弾を使うことをやめ、その存在を一般人は意識することがなくなった。どこかの時点で闘争の意味に疑問を持ったのか、虚しさにとらわれたのか。社会主義であるソ連、中国、北朝鮮が理想的な国とはいいがたかった現実も見えてくると、武力による革命の意義も揺らいだのかもしれない。現在のロシアや中国が真の社会主義ではないという考え方もあるが、とはいえ理想とは程遠く信奉するにはつらいだろう。誰かを傷つけたことを背負いつつ、終わりなき逃亡を続ける人生とはどういうものなのか。騙されたと誰かを恨む日々なのか、己の愚行をひたすら悔いるのか、もはや思考を放棄してただ時が過ぎるのを待つだけなのか。一切の幸せを放棄したあまりに虚しい暮らしに思えるが、その人生がいかなるものだったか知りたい。五十年は長すぎる。

 

 

▼映画の感想、短め。

【ターミネーター:ニューフェイト】

シュワちゃんがまだがんばっていた。それだけで嬉し。最後の戦闘場面は少し『ターミネーター2』を思い出しました。

 

【アントニオ猪木を探して】

アントニオ猪木にあまり迷惑をかけられなかった(藤原組長、藤波辰爾除く)人たちに取材したドキュメンタリー。取材を拒否されたのかもしれないが、取材対象によってはまったく違った作品になっただろう。接点のない世代から見れば、伝説の人だったり、神様だったり、そういった扱いになるのかもしれない。プロレスファンの神田伯山がナレーションをしている。神田伯山は猪木のドロドロした面にも詳しいが、そんなことはおくびにも出さずしれっとナレーションに徹しているのが面白い。

 

【エイリアン・コヴェナント】

こういう感じになるんだろうな、と思えばやっぱりそうなるが、それでもわりと面白いSFホラー。丁寧さを感じる。家が美術館みたいなんだよね。「まーた、こんな何もないおしゃれな家作って~」と思ってしまうな。

 

【最強殺し屋伝説田岡[完全版]】

『ベイビーわるきゅーれ』の阪元監督作品。いきなり『ベイビーわるきゅーれ』は撮れないわけで、こういった作品が積み重なってあの作品に繋がっていくのだろう。

 

 

▼今回もAIにタイトルを提案してもらった。

・家の秩序を保つ大掃除 外圧に弱い私の心情描く

・丁寧な家が美術館みたいになるSFホラー

・映画の断片:感想速報

 

全然違う。