玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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モラルは低下しているのか

▼12月。何もせずに気づけばもう年末だ。まだ気分は9月ぐらいなのに。何か月か気絶してたのかもしれない。いや、何者かに脳をのっとられていたのでは。ともあれ時間は容赦なく過ぎる。

今年やったのは、ちいかわを買ったこと。それだけ。他に何もやっていない。ちいかわの家具を買うといいながらそれもやっていない。せめてカーペットぐらいは敷きたいもの。飾るところがないのでCDケースに入れている。CDも聴かないので机の抽斗に移動した。

 

いつからかCDをまったく買わなくなった。私ですらそうなのだから、周りはまったく買わないのだろうな。部屋に奇妙な虫が出る女こと虫ちゃんに訊くと、CDはおろか、ラジカセもコンポも家にないという。みなスマホで音楽を聴いているのだろうか。「ラジカセって、どういうのですか?」と逆に訊かれる。ラジカセを知らない世代がいることに衝撃を受ける。オヨヨ‥‥。

思わずAIで生成してしまった。これですよ、これ! これがラジカセ。黒人が肩にかついで車から出てきてるでしょう。ズンチャカズンチャカいわせながら。なぜ2台持ってるのか知らんけど。1台でいいだろうよ。あと肩にかついでるやつ、いくらなんでも大きすぎるような。

 

虫ちゃんから「なんでラジカセをかついでいるんですか?」と訊かれてしまった。黒人はそれぐらい音楽が好き、とは思わなかったようで「引っ越しですか?」といわれる。斬新な視点。若い人からすると、そう見えるのかもしれない。あんな単一電池を10個以上入れないと動かない重たいやつを持って、わざわざ何をしているんだということになる。いわれてみれば、たしかに。

 

かつて当たり前だったものが、見たこともない新しい物にとって代わられる。これからは私の知らない新しい物がどんどん増えていくのだろうな。さみしくもあり、嬉しくもある。これが世のさだめ。そう私もいずれ‥‥。じじい、すぐ自分に古い物を重ねて感傷的になりがち。

 

 

▼AI生成で思い出したが、SNSでたまに「このアカウントをフォローしてリツイートしたら、もっといやらしい画像を送ります」というアカウントが表示されることがある。あそこに出てくる女性は、ほぼすべてAI生成である。明らかに指がおかしいものもあれば、首元のアクセサリーと肌が一体化しているものや、服が左右対称ではない、床に違和感がある、人物の背景で左右の段差がおかしいというものもある。ちょっと修正すればだいぶマシになるのに、という画像も多い。やらないのか、やれないのかわからないがそのままアップしてしまう。

 

何に憤りを感じるかは人それぞれだけど、この完成度の低さは許しがたい。この完成度で人を騙せると思っているところも腹立たしいし、騙されるほうにも腹が立つ。360度に腹を立てている。私に任せてくれれば完璧な詐欺画像を作れるのにな。いや、そういうことじゃないんだけど。とにかく犯罪者は仕事が雑で嫌だよ。犯罪者としての矜持がない。SNSでの闇バイト募集など本当に嫌だ。どんなポンコツがやってくるかわからない。バカは予想外の動きをする。成功率を高めるには不確定要素を排除してこそなのに、バカを集めてどうする。

 

人は増えれば増えるほどコントロールが難しくなる。どんな仕事もできることなら、優れた少人数の人間で行うのがもっとも理想的だ。それをSNSでメンバーを集めるのだから気が知れない。バンドのメンバー募集だってもっと慎重にやるだろうよ。真摯に努力してほしい。かといってストイックで優秀な犯罪者たちが現れたら、それはそれで困る。じゃあ、ポンコツのままでいいのか。

 

 

▼クレーム処理についての打ち合わせ。サービスが拡大すればクレーム件数が比例して増えるのは当たり前だけど、最近特にクレームが増えたのではないかという意見があった。正当な指摘ならともかく、言い掛かりのようなものが多いという。件数自体はたしかに増加していた。

 

日本人全体のモラルが低下しているから仕方ないという人がいて、はて本当にそうなのかなと思う。帰りの道すがら、道端の石を蹴りながら帰ってきたがよくわからなかった。そもそもモラルというのが定量的ではなく、定義もされていない。言葉を使う人の感覚になってしまう。ある程度、数字に置き換えて考えたほうがいいのかなとも思う。

 

モラルとはなんだろうか。帰宅して法務省のサイトで過去の犯罪件数をみてみると犯罪自体は平成14年(2003年)をピークとして減少傾向にある。では平成14年に何があったかといえば、この年は近年での失業率のピークなのだ。単純だが、失業率の高さが犯罪率の高さに結びついていると考えて差し支えないだろう。これだけでモラルうんぬんとはいえないが、20年前に比べて治安はよくなっている。街中に監視カメラが増えたことも大きい。若い人も、私が若い頃よりずいぶんと穏やかで賢い。子供の頃はポイ捨て、立小便、野球場でのひどいヤジなど当たり前に見かけたが、もうそんな人も少ない。総じてモラルは良くなっているように感じる。

 

となるとネット上、SNS上での振る舞いが悪いだけなのではと思う。それは現代のモラルどうこうではなくて、単に技術の話かもしれない。昔にSNSがあったら、今以上にたいへんなことになるのではないか。とんでもない暴れ者が出現する確信がある。技術自体は価値中立的なもので善悪はなく、技術を使う人間にこそ問題がある。かつてはそう考えていた。たしかにそうかもしれないが、それだけではないように思う。簡単にクレームをつけられる環境、名前を明かさずに誹謗中傷できる環境、それが個人の人格を変容させてしまうことはないだろうか。技術に引きずられ、人格が一部変わってしまうこともあるのではないか。

 

優れた道具は人の心を引き立たせる効果がある。新しいバドミントンのラケットを買えば振ってみたくなる。楽器を買ったら演奏したくなるだろうし、名刀ならば斬ってみたくなるだろう。怖いことを書くんじゃないよ。SNSも、そういった優れた道具の一つで、その力を使ってみたくなるのかもしれない。使っているうちに人格も徐々に変容していくのではないか。道具に引きずられてしまう。クレームの増加はモラルの低下というより、SNSの影響というだけの話に思える。ものすごく当たり前のところに着地してしまったな。長々と書いて、これ以上ない平凡なところに着地するねえ。自分の凡庸さに感心する師走。

 

 

▼映画の感想『すばらしき世界』を書きました。社会は元犯罪者をどう受け入れていくのかという話。