玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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「碧いうさぎ」がかかっていた喫茶店

▼以前、オンラインゲームの運営をやったことがある。その仕事を一緒にしていたお菓子ちゃんに「あのゲームどうなった?」と訊くと、隆盛とはいかないが固定客もあって今でも堅実にサービスを続けているという。お菓子ちゃんは仕事から離れても、そのゲームで遊んでいるようだった。今どうなっているか興味もあり、一緒にやらないかと誘われたのでログインしてみる。

 

約束の時間に待ち合わせ場所にいったが、お菓子ちゃんらしきキャラはいない。本人に似たフワフワした女性キャラかと思ったが、男性キャラでプレイしているのかと辺りを探してみる。そのとき「オイ! オイ!」とチャットで呼ばれる。髭面で筋肉ムキムキのキャラで「熊殺しの辰(48歳)」みたいな名前。ちょっと変えているが、だいたいそんな名前だった。どんなセンス?

 

その熊殺しの辰は、やはりお菓子ちゃんだった。なんでも最初はキラキラした女性キャラでプレイしていたものの、男につきまとわれたり、舐められたりして頭にきたのだとか。舐められたくなさが限界に達した結果、48歳という名前を入れたゴリゴリのおっさんでプレイしているとは。「使っていると意外と愛着わいて楽しいんですけど、女性限定ギルドに入って女子トークしたいと思ってもギルドに入れてくれないんですよお」と嘆いていた。熊殺しの辰(48歳)で、なぜ入れると思ったのか。

 

 

 

▼卑屈くんがマッチングアプリを使って、女性とデートしたという。彼女いない歴=年齢の卑屈くんについに春が来るのか。相手の女性は20代後半、卑屈くん同様、異性と付き合ったことがないのだという。ならば、お似合いの二人かもしれない。だが、卑屈くんの話を聞いているとどこか気になる部分がある。その彼女は卵のことを「玉(ギョク)」というし、スロットに行ったことはないものの、なぜかスロットの話をすると異様に詳しく、止まらなくなるという。

 

卵のことをギョクっていうの、牛丼屋か寿司屋ぐらいではないか。前の彼とスロットに行って、負けた帰りに寄った牛丼屋で「並盛り、ギョクとお新香」って注文している姿が目に浮かぶようである。ギョクなんて常連でない限りいわなそうだけど。彼女の好きなタイプは「計画的で、家賃をギャンブルとかにつぎ込まない人」だとか。それは完全に元彼のことでは。他にいないだろうよ。そう指摘しても「彼女は誰とも付き合ったことないんで!」と、嬉しそうに語る卑屈くんだった。卵のことをギョクという女の虜になっている。

 

 

 

上岡龍太郎さんが81歳で亡くなった。立て板に水という言葉がぴったりくる流暢で軽快なしゃべりで、こんなに頭の回転がはやい人がいるのかと感心した。芸能界を引退してからはテレビで見かけることはなくなった。サッパリとしていて、去り際が美しい人だった。そんな人にこそ、ずっとテレビにいてほしかったのだけど。もっとこの人の話を聞いていたかった。

 

 

▼外は台風だが、エレベーターの交換工事のために作業員は非常階段を行き来している。大変な仕事。

 

台風だし、エレベーターは止まっているので出たくないものの打ち合わせはあった。待ち合わせ場所の喫茶店で本を読んでいたら、隣席のTさんがやってくる。本の表紙を一瞥し「面白いですか?」と訊く。この著者のエッセイを読んだとき、あんまりなことが書いてあり、腹を立てながら読んでいる。「苦痛でしかない」と答えると、Tさんは首を振りながらお手洗いに立った。

 

いつだって快より不快なものが自分の見方をひろげてくれるように思う。わかるものから得られるものは少なく、わからないものは「これからわかるかもしれない」という可能性を秘めている。自分と異なる意見は苦痛だし、ときに不快だが、そういうものに価値があるのではないか。そう考えて、苦痛なまま読み続けている。そうすると著者のことがしだいに理解できて、不快が快にひっくり返る瞬間がある。今回は、ひっくり返らず不快のままでした。ぐおおおおおおお、なんなのお! ひたすら腹が立った。そういうこともある。

 

ネットで、自分と違う意見を攻撃する場面を目にすることは多い。みんな、自信があるのだなと感心もするが、実は相手が「自分の知らない何かを知っているかも」とは考えないのだろうか。みんな、自分が正しいと思っているから衝突もするが、その正しさが絶対かというとそうは思えない。私の知っている正しさが、明日にひっくり返ることもあるだろう。それは悪いことではなく、進歩や成長のこともある。そうなるとはっきり言明することがためらわれることもあるし、なんだかよくわからない玉虫色のことを歯切れ悪くいうことになる。

 

以前に元上司が、わかるようなわからぬようなことをいうことが多く、それはひょっとしてこういった状態から発せられた言葉だったのではないか。私も、よくわからないことをいって周囲を煙に巻いたら、ちょっとは元上司に近づけるような気がする。Tさんに「最近よくわからないこといってない?」と訊いてみると「わからないっていうか、普通に声小さいときありますね」といわれた。それはジジイだから。ジジイは声出にくいから。