玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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30年前の小さな棘

▼今年の梅雨はよく降るし、大谷はよく打つ。

 

ここのところ毎日、エンゼルス戦を観ている。エンゼルスの選手の顔がだいぶわかるようになった。懐かしいな、こういう感覚。誰か一人すごい選手が出て、そのチーム全体を好きになるという。野茂、イチロー、松井を応援していたときに似ている。大谷選手は先日も2ホーマー1四球1盗塁で、2塁からサヨナラのホームを踏んだ。ウォルシュのライト前ヒットで2塁から走り込んできた大谷は、ホームでクロスプレイとなる。キャッチャーと接触し、大谷は弾き飛ばされる。審判のセーフのジェスチャーを見た大谷が空にむかって拳をつきあげた仕草は本当に映画のようだった。大谷の活躍を見るのが楽しい。ツイッターに上がっていた大谷のインタビューも観た。

 

「前回(ヤンキース戦)は僕が打たれてしまって、みんなが取り返してくれて、今日はなんとか自分が取り返したいなという気持ちで」

 

前回、ヤンキース戦で先発した大谷は1回7失点の大炎上だった。対戦相手のオリオールズファンの「Why me(なぜ、うち?)」というコメントがおかしかった。たしかに。ヤンキース戦で取り返してくれという。大谷は今日は申告敬遠2つを含む3四球で勝負してもらえなかった。とんでもない選手になっている。昔、長嶋茂雄が敬遠されたとき、敬遠の球を打ったのは有名な話。でも、驚いたのは長嶋が敬遠の球を打つ練習をしていたということ。それ、練習するのかという。いますか、そんな頭おかしい人。なぜか長嶋の話になってしまったな。

 

 

 

▼買い物に行くと以前通っていた病院の車が走っていた。私もいっとき痛風の治療に通っていたが薬と検査の多さに病院を替えた。「念のため、(薬を)もう一つ出しましょう」が口癖の医者だった。薬や検査が多いし、院長はしばしば製薬会社の営業らしき人と病院の前で話し込んでいる姿が見られた。「あれは薬でだいぶ儲けている」と地元でウワサが立っていた。病院が引っ越したと人づてに聞いた。移転先は4階建ての大きな建物だということ。

 

私が見かけた病院の車はライトバンで、後部ガラスにはデカデカと院長の顔と病院名が宣伝されていた。なにか答え合わせをした気分になった。儲かってるな!

 

 

 

▼先日、仕事である駅に立ち寄った。ほとんど来ることがない駅だったけど、中学二年のときに一度来たことを思い出した。もう三十年も前なのだな。ボーイスカウトの集まりで、隊長の家に集合になった。隊長というのはボーイスカウトの責任者でだいたい三十歳以上の人が務めることが多い。隊長も当時、三十代半ばだったろうか。隊長の家は駅近くのマンションだった。当時もそうだが、なんとなくしっくりこないというか、妙な気持だった。

 

というのも普段、ボーイスカウトの打合せや活動は、地元の名士が提供してくれた裏山のような場所で行われた。そこは自宅から10分ぐらいのところで気軽に行くことができる。呼び出された隊長の家は、自宅から4駅ぐらいあり、私たちはブーブー言いながら自転車をこいだ。電車を使わず、根性で自転車で行こうとするところがすごいな。若さ。「なんで○○くんだりまで行かなきゃいけないのよ。いつもの所でいいだろうが」と、ひたすら面倒臭がった。どうせ暇なのだけど。ボーイスカウトは完全な年功序列であり、年上に逆らうことは許されない。隊長が「自宅に来い」と言えば絶対である。

 

ボーイスカウトの前段階であるカブスカウトは「みんなで遊びましょう」という雰囲気で、年上も年下も君付けで呼ぶことになっている。カブスカウトが終わるのが小学5年で、6年からボーイスカウトに行くかどうかの選択がある。「カブスカウトみたいに楽しいですよ~」という雰囲気で、うっかり入ったらバチバチの体育会系の年功序列社会を見せつけてくる。詐欺だと思います。被害者の会を設立したい。今まで君付けで親しく呼び合っていたのが、さん付けとなり、一歳違えば天国と地獄という世界になる。なぜかボーイスカウトの悪口を書いてしまったな。

 

隊長の暮らす高層マンションは見晴らしがよく、ベランダに出ると周囲が見渡せた。集まって次のキャンプの献立を決めろということだが、そのときも釈然としない気持ちがあった。献立といっても、たいした物は作れない。カレー、ヤキソバ、豚汁、焼き肉、ウインナーと野菜炒め、卵焼きあたりをローテーションさせるだけなのだ。班長と副班長が相談して決め、それを隊長にファックスか何かで送ればいい。やろうと思えば全部電話でできる。わざわざ集まるほどでもない。

 

30年後、隊長が住んでいたマンションの下に立っていた。新築だった当時とは違い、やや古びてはいるが駅から1分という立地なので人気はあるだろう。マンションを見上げて隊長の気持ちがわかった。褒めてほしかったのだな。今ならわかる。そりゃ、30半ばで駅前の新築マンション買ったらなかなかのものですよ。人生でこれほど大きい買い物はないし、かなりの決断だったろう。でもねえ、相手がアホの中二だからなあ。相手が悪い。まったくわからなかった。せっかく隊長が自宅に呼んでくれたのに「献立なんでもいいから、早く決めて帰ろう」と言うアホしかいない。隊長もガッカリしただろう。今ならば「眺めはいいし、駅近くで最高ですね」とか「よく決断されましたねえ。何年ローンなんですか? あ、30年。懲役30年は地獄ですね!」ぐらい揉み手で聞く社交性はある。隊長、呼ぶのが30年早かったな。もうローンは払い終えただろうか。30年前に刺さった小さな棘が抜けた気分。夕日に照らされたマンションは少しくすんで見えた。

 

 

 

▼映画の感想『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』を書きました。北朝鮮にスパイとして潜り込んだ実在の人物を基にした映画。派手なアクションはないですが緊迫感に満ちており、面白かったです。