玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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花見

▼狭苦しい会社を抜け出して、桜の花びらが舞う中、公園で打合せ。桜が咲いている後ろには、新緑の葉が瑞々しく芽吹いていた。気持ちの良い季節。だが、ずいぶんと風が強かった。蚊もいました。

 

ベンチが二つ並んでおり、一つはS氏、一つは私が座る。距離をとっての打ち合わせとなった。資料を見ていると、遠くから幼稚園児ぐらいの女の子が全速力で走ってきた。私が座っている1メートルぐらい前で勢いよく踏み切ると、バンッ!と派手な音を立てて目の前に着地した。女の子は得意げな顔でこちらを見るので「すごいジャンプだったね」と声をかけた。

 

どうやら褒めてほしいのはジャンプではなかったようで、自分の靴を指差し「靴、買ってもらった!」と言う。新しい赤のスニーカーだった。「いい靴だねえ」と褒めると女の子はウシシと笑い、今度はS氏のベンチのほうに行き、同じようにジャンプしてみせた。女の子はまた「靴、買ってもらった!」と言う。S氏は表情を変えずに「いや、今聞いたし」と言う。おまえ、幼稚園児に対してよくそれ言えるなと驚く。

 

私のほうが気をつかって「いやあ、赤くてピカピカして、いい靴だよね~!」と言う。S氏はかまわず「僕、スニーカー集めてて、これナイキのレア物なんです。やっとオークションで手に入って」と言う。まさか、幼稚園児に対抗意識を燃やしているのか。正気か。女の子はそのままの勢いで、桜吹雪の中を駆けて行った。走る背中が輝いて見えた。

 

しかし、何かを買ってあれほど嬉しくなるなんて私は覚えがない。嬉しさが抑えられなくて見ず知らずの他人に話しかけてしまうなんて、よっぽどだろう。表情がキラキラしてたなあ。ちょっと羨ましい。あの姿こそが幸せそのものだろう。S氏はスニーカーの説明を長々と始めたので全部無視した。

 

 

 

▼「『映画を早送りで観る人たち』の出現が示す、恐ろしい未来」(現代ビジネス)を読む。

 

子供の頃は読む物や観る物が限られていたし、お金もそんなになかった。だから買った漫画などは繰り返し読み、セリフを暗記していた。歌手の大瀧詠一さんがかつて「レコード(A面)がすりきれてB面が出てくるくらい聴いた」と言っていた。そういう時代だったのだろう。昔はコンテンツに限りがあったから、私も今、生まれていたならば映画などを早送りして観るようになったかもしれない。飛ばしはしないものの、1.25倍で観ることはある。

 

「あれも面白い。これも面白い」という情報があふれ、時間が足りなくてそういう見方をするんだろうなあ。気持ちがよくわかる。とにかく時間が足りないのだ。作った人は悔しいだろうけれど、倍速で観る人に「通常速度で観て」と言っても無駄だろう。消費の仕方は強制できない。タイトルは「恐ろしい未来」などと派手についているが、特に恐ろしいこともないように思える。心情を口で説明することが多いから理解力が低下するというが、邦画は以前から説明傾向が強かった。

 

むしろ、サブスクリプションの充実によって過去の名作に触れることもできる。今、海外では日本のシティポップがうけているというニュースもあった。かつては聴いてもらう機会がなかった名作が再評価されることもある。新しい物も古い物も関係なく吸収し、新旧の価値観が混じり合い、そういう人たちが作品を生み出したときにどんなものができるのか。これからが楽しみです。

 

 

 

▼『コール・ザ・ミッドワイフ』シーズン6を4話まで観た。シーズン6、本当にいい出来。これ、もう少し流行らないかなあ。毎回、涙ぐんでおる。しつこく推していきたい。

 

 

 

 

▼映画の感想『活きる』を書きました。『初恋のきた道』のチャン・イーモウ監督作品。時代に翻弄される家族を描いています。共産党批判をせずに巧みに文革批判をしてみせる。面白かったです。