玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

このブログの内容はすべてフィクションです

怪物

▼寒い日におでんは嬉し。練り物と大根がおいしかったので日記が書きたい気分になった。

 

 

 

▼社会人2年目の24時間くんという人がいる。見た目さわやか、体育会系で礼儀正しい。真っすぐな性格でちょっとドジ、そこが周りに愛されている。以前は彼と仕事での接点はなく、会話もほとんど交わしたことがなかった。でも印象に残っていることがある。まだ彼が新人の頃、ミスをしてゴリラ部長に「次の日までに対策を考えておいて」と言われたときのこと。

 

翌日の打合せ、一段落したところでゴリラ部長が「昨日言った対策、考えてきたか?」と24時間くんのほうを向いた。24時間くんは自信たっぷりの様子で「はい! 昨日ミスったところは心に強く刻みました! もう絶対大丈夫です」と言いきった。すぐに「バカヤロウ」と怒られていた。ゴリラ部長が詳しく説明しなかったのもいけないかもしれないが、対策を考えろとは気合で心に刻めという意味ではない。自動化するなり、チェックの方法を考えるなり、ミスがおこらないやり方に改善しろということだった。令和でもまだまだ根性論で攻めてくる力強い男がいた。24時間くんの名が私の心に強く刻まれた瞬間だった。こいつは危険だから注意しとこ、という。

 

ここ何か月、24時間くんと業務を行うことが増えた。頼んだことを嫌な顔をせず引き受けてくれるので物が頼みやすい。性格もあるけれど、簡単に見えて貴重な才能に思える。どうしても態度に気乗りしない様子が出てしまう人もいる。そうするとこちらも少し頼みづらい。技術と違って性格はなかなか修正がきかないものだから難しい。24時間くんは持って生まれた気持ちの良さがある。

 

そんな24時間くんだが、ちょっとポカも多いわけで一か月に一度ぐらい何かやらかしていた気がする。雑談したとき、彼の気分の切り替え方法を聞いた。ニヤニヤしながら「会社の人には内緒ですよ」とやけにもったいつける。24時間くんはミスが重なり、精神が危機的状況になるとレンタル彼女を頼むそうだ。レンタル彼女というのは派遣サービスの一つで、時間いくらでデートなどをしてもらうサービス。24時間くんはデートはせず、事前に自分の書いた原稿を送り、公園などでその原稿の内容をひたすら女性に言ってもらうらしい。

 

原稿に何が書いてあるか訊くと「いつもがんばってえらいね。えらいえらい。いい子いい子。〇〇(24時間くんの下の名前)のおかげで会社は回っているんだよ。わからず屋の部長もきっといつか気づいて『俺の上司になってくれ!』って言うよ」などで、それを読み上げてもらって喜ぶらしい。こわあああああ! と思いましたね。「いや、これはマジでヤバい‥‥」と言ってしまった。「何もヤバくないですよ! 普通じゃないですか!」と強弁する24時間くんがちょっと怖い。

 

彼はレンタル彼女を頼み続けていたけど、徐々に不満を感じるようになっていく。セリフを言う女の子に本気度が感じられないという。そりゃそうだろ。さらに、いつからか女の子にバカにされていると感じるようになったという。「気のせいじゃないの?」と言ったが「いや、証拠をつかんだんです!」と力強い。レンタル彼女は、客層が女性に不慣れな人が多いらしく、キャストはお嬢様系が多いという。いつも頼んでいるサイトに、新人でギャルが入ったということで、24時間くんはたまには気分を換えようと指名してみた。いつものように原稿を送って暗記してもらい、当日、彼女と公園で待ち合わせた。

 

やってきた子は金髪で化粧が濃いめ、きれいなギャルだという。彼女は「あたし、あんまこういうのわかんないんだけど」と24時間くんの送った原稿を暗記してこず、その場で原稿を印刷した紙を取り出して棒読みの朗読が始まってしまう。普通の神経ならば目の前で自分が書いた恥ずかしい文章を朗読されるのは居たたまれないが、24時間くんは体育会系でかなり明るい性格。なんだかんだで、すぐにギャルと打ち解けてしまった。しばらく話していると彼女が「そういやキャストの間で、あんたのこと『文豪』って呼んでるよ」と教えてくれたという。いくら気持ち悪い原稿を送っていても、文豪呼ばわりはきつい。これがバカにしている証拠か。たしかに。バカにされても仕方ないと思います。以降、24時間くんは他のレンタル彼女はやめて、このギャルだけを指名し続けたらしい。ところが最近、このギャルが急に仕事を辞めてしまったという。文豪の絶望はいかほどか。

 

「新しいレンタル彼女を探しているの?」と訊くと「バカにされてる気がして、もう頼めないんすよ」とさびしそうに答える。されてるんだろうな。文豪なんだから。それに彼女たちのセリフは演技っぽくて興醒めするとか。俳優じゃないんだから仕方ない。そこで24時間くんが新たに考えたのはボイスチェンジャーという音声変換ツールだった。高性能のものは声を自由に変換できる。24時間くんの野太い声も、女性のかわいらしい声に変換できる。これならば相手の下手な演技にいらだつこともない。24時間くんは自分で原稿を書き、ボイスチェンジャーを起動させて、自分で女っぽく「いつも遅くまでがんばってえらいぞ。いい子いい子。いつか部長も土下座して『お願いだから上司になってくれ!』って言うわ」などと吹き込み音声ファイルを作成。それをiPodに入れて聞きながら眠るらしい。手の込んだ変態だな。まだ病名がついてない新しい病気では。

 

「これねえ、笑ってますけどめちゃくちゃ癒されるんですよお。本当に! さえちゃんがね、さえちゃんていうのは僕が録音するときの女の子の名前で」などと言う。本当に危険を感じると、人は何も否定できなくなるな。「ほおおおお‥‥さえちゃんが‥‥それは癒されるかもねえ‥‥」と言うのが精いっぱいでした。世の中いろんな人がいる。

 

社内に言うなという約束は守ったが、電脳の海に放流してしまった。あまりに毒素が強かった。

 

 

 

▼映画の感想『月曜日のユカ』『女は二度決断する』を書きました。『月曜日のユカ』は加賀まりこ主演のモノクロ映画。かなり変わった作品で面白かったです。『女は二度決断する』はテロによって家族を失った女性を描いたドイツ映画。こちらも見応えのある作品でした。