玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

このブログの内容はすべてフィクションです

24時間くんの家に行く

▼モノクロの古い映画を少し観た。動画配信サービスで手軽に観られてよい時代。でも、正直なところあんまり面白くないのだった。黒澤や小津などをさして「昔の日本映画のほうがレベルは高かった」という人がいるけれど黒澤や小津のレベルが抜きんでていただけで、そうでもない多くの作品は静かに消えたのではないか。

 

7世紀に建立された日本最古の建築 法隆寺をとりあげた番組を観た。当時の建築技術がいかにすごいかというのを力説していたが、それは法隆寺を建てた大工がすごいわけで、当時建てられた法隆寺を除くすべての建築は現在まで残っていない。一つの奇蹟をもって、その世代すべてを代表させるのは強引な論理展開に思える。

 

 

 

▼なんかこう固い感じで入りましたけど、やわらか~く過ごしている年末。今年観た面白かった映画25本みたいなの作り忘れていた。ふーむ、どうしよ。やっておくと映画の中身を忘れにくいという、もはやボケ予防の意味しかない。

 

私が丸坊主にした日、24時間くんと帰り道が一緒になった。24時間くんて社会人2年目なのだな。愛すべきバカという感じで、周囲からかわいがられている。スポーツマン、熱血、義理人情に厚い、ドジという少年漫画に出てきそうな感じがよいのかな。主人公の親友のいい奴っぽい。言葉の終わりにいちいち「!」がつくような元気な話し方をする。24時間くんは今年は実家に帰らず、一人で正月を迎えるという。そういう人、多いんだろうな。24時間くんは家族が多かったので一人暮らしがさびしいという。

 

「そうだ! うち、見てってくださいよ! 歓迎します!」と誘われコーヒーをご馳走になることに。そういえば、仕事以外のことで24時間くんと話したことってほとんどなかったな。家までの道すがら彼の失恋話を聞く。出会いがないわけではないものの、付き合ってもたいてい1、2カ月で終わってしまうとか。24時間くんは見た目も性格もいいし、不思議な気がした。

 

彼の家は駅から少し離れた閑静な住宅街にある。苦学生が住むような古いアパートでオートロックもない。そうだよな、彼はこの前まで学生だったのだ。学生時代の友人の家を訪れるような懐かしさを感じた。24時間くんは扉を開けて「じゃじゃーん! どうぞ!」とテンションが高い。令和でも、じゃじゃーんという人がいる。

 

部屋が整然としていることに驚く。洗濯物の山や、乱雑に積んだ漫画、食べ終わったカップラーメンの容器が放り投げてあるという光景を想像していたのにまったく違う。二部屋のうち一部屋はシンプルなIKEAの家具で統一され、もう一部屋はトレーニングルームで筋トレグッズが充実している。「おしゃれなところに住んでるんだねえ」と感心した。「そうなんですよお!」と嬉しそうに笑った。謙遜しない人だな。

 

温かいコーヒーを飲んで楽しい時間を過ごした。トイレを借りて、そろそろおいとましようかと思ったとき、壁の異変に気付いた。南側の壁の一帯にボコボコに穴が開いているのだ。一ヵ所ではなく上から下まで、その辺り一面の壁が無惨に崩れ、中の材木が見えている部分もある。「あれなに?」と訊くと「ああ。オンラインゲームやるんですけど、負けたとき、つい抑えられなくなるんですよねえ」とニコニコしている。好青年だった24時間くんが、なんだか急に得体の知れない人に変わってしまったようで不気味さを感じた。

 

そこで失恋の話と繋がったが、彼が付き合って1、2カ月で別れるのって、このボコボコにした壁を恋人が見るからではないのか。彼の爽やかな様子と穴の開いた壁の対比が怖すぎるのだ。それが原因ではないかと、彼に訊いたのだけど「いや、どの子も『そうなんだ~』ぐらいで気にしてなかったですよ」と言う。それ、怖すぎて言えないだけだろうよ。今まさに私が密室で筋肉と二人きりの怖さを体験しているのだから。女性ならばなお怖いはず。

 

「これ、管理会社に言わなくていいの?」と訊くと、彼は人差し指をチッチッチッと振った。「わかってないですねえ。いいですか。一ヵ所壁を壊してもたくさん壊しても面を張り替えるから修理費用は同じだと思うんです。また頭にきて穴開けたくなるし、退去するときにまとめて直したほうが安いじゃないですか」と言う。たしかに言っていることはわかる。壁を何カ所壊しても一ヵ所でも修理費用が同じかはわからないが、壁紙の張替えは面で行うものだ。それはそうなんだけど、それでも壁にボコボコに穴を開けて平然と暮らしている人の怖さを感じてしまう。24時間くんには欠落した何かがあるのでは。それともちょっと変わっただけの人なのか。

 

24時間くんはいつも感じがいい。彼を悪く言う人もいない。周囲からもかわいがられている。彼のことをどこかで単純ないい奴と決めつけていたが、それは思い込みかもしれない。人は、今まで出会ったタイプから相手をおおまかに分類してしまう。本当は一人一人違うのだ。彼はいざとなると手が出るタイプなのだろうか。彼の屈託のない笑顔に見送られ、モヤモヤした気分でアパートを後にした。彼と別れた恋人たちも、こんな落ち着かない気持ちでアパートを出たのだろうか。では、みなさん、良いお年を!