玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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坊主

▼一度、坊主頭にしてみたかった。ふと思い立って床屋に入り「坊主頭でお願いします」と言ったら「本当にいいんですか。大丈夫ですか」「前に坊主にしたことあるんですか」と執拗に聞かれた。切り手が明らかに嫌がっていて私もひるむ。過去にクレームでもあったのだろうか。今年はもう仕事を請けている会社に行くこともない。今やってもらっても年明けにはそれなりの長さになっているだろう。意を決して坊主にしてもらったのだが、ちょっと予想と違った。一口に坊主といっても長めや短めがあるのだな。もうちょっと真ん中を多く残してもらえば良かった。一応、3ミリぐらいはあるのだろうか。完全に丸坊主である。おしゃれでもなんでもない。「坊主はニット帽をかぶれるからいいですよね」という、よくわからない慰めをかけられて店を出た。ニット帽をかぶりたいから坊主にする人っておるー? 謎。

 

坊主というとおしゃれなイメージもあったが、かなり受刑者よりになってしまった。前科三犯ぐらい。番号で呼ばれてそうな感じがある。急遽、隣席のTさんから電話が入り、どうしても会社に行かなければならなくなった。今年はもう出なくてよいはずでは。「どうしても?」「都合悪ければ明日でもいいんですけど」「いや明日になったところでなあ‥‥。全員帰ってから行っていい?」「何わけわかんないこと言ってんですか」と言われて結局、昼に行くことになった。

 

坊主頭で、何事もなかったかのように登場したのだが笑われてしまった。Tさんは私を見るや「な、な、な、なにそれぇ~! ひぃーっひっひっひっひ! 囚人じゃん! 凶悪犯‥‥」と言ったまま、お腹を抱えて笑いが止まらない様子だった。誰が凶悪犯だ。アホか、バリバリの模範囚だわ。配給で配られたアルフォートをリスのようにかわいらしく食べると評判だわ。Tさんを見て、なるほどこれが爆笑というものかと感心した。よその部署からもわざわざ見に来たり、頭をなでる人もいた。昔、野球部の友人の頭をなでたことを思い出した。ジョリジョリして気持ちがいいのだな。

 

ゴリラ部長は20メートルほど向こうから走ってきて「なんだおまえ、珍念じゃねぇか! どうしようもねえ!」と言うなり、私の頭をジョリジョリなでまわした。この会社には輩しかおらんのか。無許可でなでるんじゃない。今年の刑務作業も今日で終了。

 

 

 

▼駅前、路上で電子ピアノの演奏を始めようと準備している女性がいた。一曲聴いてからいこうと様子を眺めていた。彼女が弾き出した途端、曇り空の隙間から光が射した。光は演奏している彼女を包みこむように照らした。やがて雲が割れて柔らかな午後の光が周囲に満ちた。演奏とシンクロするような美しさで、ちょっとした奇跡を見た気持ちになった。神様を信じたくなるのもわかるような不思議な瞬間だった。受刑者も罪を悔い改めようと思いました。

 

 

 

▼普段、観ないものをということでAmzonプライムで配信している『BEAUTY THE BIBLE』を観る。田中みな実(中)、福田彩乃(左)、わたなべ麻衣(右)の3人が美容、コスメなどの専門家を招いて話を聞く番組。

 

 

わからない言葉だらけで驚く。なにせ用語が複雑。クレンジングというのはメイクを落とすことだと思うのですが、ちょっと検索してもクレンジングジェル、クレンジングバーム、クレンジングオイル、クレンジングミルクと、いろいろ出てきて違いがわからない。初めてパソコン組んだときも、もう少し簡単だった。みんなわかってるんだろうな。当然、説明なしで進んでいくのだった。化粧品が思いのほか高額で驚く。50mlしかない美容液が3万円もする。そこそこ性能のいいビデオカードが買える。ここに出ている化粧品を揃えたら100万じゃきかないかもしれない。一般人には手が出ない商品もあるだろうけど、消耗品に惜しげもなく払えるのはすごい。

 

MCの3人は素人目には全員きれいに見える。これで十分でしょう。終わり! とはならない。美のゴールが見えないのだ。異性にモテたいとか、そんなレベルじゃない。ボディビルダーに似ている感じもする。あの筋肉の付け方も、異性どうこうというより究極の筋肉美を目指している。あそこまでの筋肉だと、普通の異性は遠ざかるかもしれない。この番組で扱っている美も同様で、異性どうこうというラインはとっくに超えている。美そのものが目的で、異性というより同性がうらやむようなものを目指しているのかな。2話で「媚びないメイク」と言っているがそういうことなのかもしれない。男に人気があるのは圧倒的な美しさなどではなく「自分でも口説けそう」「なんとかなりそう」みたいなラインだと思う。そういう女性が人気がある。そんなところはどうでもいいのだ。

 

プロのメイクの方が来て教えてくれるが、マスカラの塗り方など本当に微妙な違いなんですね。上まつげは中ほどから毛先まで塗り、下まつげは根元から毛先まで塗るとか。MC3人は「全然違う」と興奮するが、言われてみればなんとなく違うような‥‥ぐらいしかわからない。その違いさえも、はたして良くなっているのか悪くなっているのかわからない。あまりにも些細な差で、だがその些細な差こそが重要で、それはどんな分野でもそうなのだけど。だが、ここまで突き詰めた美が本当に必要なのかなとも思うのだ。

 

あと、レビューを読むとMCで出ている福田彩乃さんが叩かれている。お笑い芸人だけど一つも面白いことは言っていない。それはいいと思うのです。そういう番組ではないので。上から物を言うとか、態度が偉そうとか、専門家の話をさえぎるなとか、そういう方向で叩かれている。福田彩乃はきれいなんですよね。この番組は美を目指しているわけで、あれだけきれいでも叩かれるとなると、どうしたらいいのか。もはや美が問題ではないのか。

 

立ち居振る舞いは、考え方、価値観、人生経験などが滲み出てくる。人間としての完成度を問われるような面がある。一朝一夕にどうなるものでもないし、小さな頃からの積み重ねや素質もある。表面的な美ではごまかせない本質の美という問題に突き当たったようにも思えた。