玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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眉山

▼今日はプレミアムフライデー。ドドドドド、ガガガガガ、ギュイーンギュイーンで給排水管交換工事5日目終了。管の交換は終わり、明日からは下地復旧に入る。騒音から解放されそう。

 

冷凍の枝豆を食べたら、思いのほか美味しかったのでプレミアムなフライデーとなった。安い舌。うーむ、今はこんなに美味しいことになっていたのかー。自分で茹でるより美味しいかも。

 

 

 

▼工事の間中、本を読み、kindleで映画を観る。『眉山』という映画を観た。以前の会社で同僚だったKさんという女性社員から薦められたものだった。もっとも薦められたのは今から10年以上前だけど。遅いんだよな、観るのが。原作は、さだまさしなんですね。松嶋菜々子さんが主演している。

 

松嶋菜々子演じる河野咲子はキャリアウーマンとして東京で働いていた。母(宮本信子)の病気がきっかけで、母の面倒を看るために生まれ育った徳島に帰る。母一人子一人で育った咲子は父親のことを知らない。だが、ふとしたことから、自分が母と不倫相手の間に出来た子供だということを知る。咲子は、自分の生い立ちについて憤りをあらわにする。だが、咲子は父からの手紙を見つけ、二人が深く愛し合っていたことを知る。

 

不倫を肯定するかしないかという単純な二元論で語られていないのが良かった。おのおの事情があり、やむにやまれぬ事情で、そういった形をとることもあるというような。この映画を薦めてくれたKさんは、ある株主の紹介で会社に入った。会社に余分な人を雇う余裕はなかったが、その株主からは多額の借り入れがあり、社長は紹介を断れなかった。Kさんは営業ができるわけでもなく、プログラムが書けるわけでもない。できる業務が限られており、私の下で経理をやることになった。Kさんは簿記の知識もなく、会計ソフトも使えなかったので、一から学ばなければならなかった。経理も初めてだと、わからないことだらけで苦労する。一からおぼえるのはかなり大変だったのではないか。それでもようやっと彼女が仕事をおぼえ、これで経理を一部お願いできると思った矢先に彼女は会社に来なくなった。そのまま会社を辞めてしまった。

彼女が株主の愛人であるといううわさは、入社当初からあった。私もうわさを耳にしていた。だからなのか、少し他の社員との間に壁があるようにも見えた。分け隔てなく接したつもりだが、居心地が悪かったのかもしれない。Kさんが社外で何をしていようがそれは彼女の勝手で、仕事さえしてもらえればなんでも良かったのだけど。彼女が帳簿の見方をおぼえ、株主に会社の情報を事細かに伝えていたということを後から社長に聞いた。株主の命令でスパイをしたのか、結果的にそういうことになってしまったのか、それはわからない。

 

Kさんが情報を漏洩したことにより、私は一部の役員から監督不行き届きではないかと責任を問われることになった。その際、役員の一人から、彼女を経理情報に触れさせるのではなく、雑用を頼むだけにして飼い殺しにすればよかったと指摘された。だが、人をそのように扱っていいわけがないと思うんですよね。周りは忙しくしているのに、日がな一日、時計を何度も眺めて時間がただ過ぎるのを待つような。仕事は権限や裁量を与えられれば面白くなるし、少しでもスキルが身についたほうがためにもなる。後から振り返ったときに、人から信頼されたり、頼りにされたり、そういう幸せな記憶を持って死んでいってほしいというか。

 

ただ、こうなってくると生き方の話みたいになってくる。会社法上、会社が株主のものなのは間違いないが、じゃあ、従業員のやり甲斐などをどう考えるのか。会社法上、問題がなければ従業員をどう扱ってもよいのかという。彼女が入社した経緯はさておき、いったん入社したからには有意義に過ごしてほしいし、もちろん会社の役に立ってほしい。役員の「その結果、こういうことになっている」という言葉には、もう「ぎゃふーん」としか。ふひひひひひ。

 

難しい話である。結果として、株主は会社への貸付金を引き上げなかったし、株を手放すこともなかった。だが、仮に株主がKさんから聞いた情報を元に、会社から貸付金を引きあげていれば即倒産したかもしれない。その場合、私の判断はどうなるのかということにもなってくるが、それでもやはり変わることはないだろうけども。社長と株主の間でどういう話があったかはわからない。私は上の方のややこしい駆け引きに興味がなく、社長に何もたずねなかった。

 

雇用当初、Kさんが経理をやるからには会社の財務内容に触れざるを得なくなるということは十分に念押ししていたので、私が処分を受けることはなかった。

彼女とご飯を食べたときに薦められたのが『眉山』だった。当時は忙しくて観る時間がなかった。なぜこの映画を薦めたのだろうと観終わってから考えてしまった。映画では不倫ではあるものの深く愛し合う二人が美しく描かれている。映画の登場人物と、自分の不倫を重ねていたのだろうか。彼女の会社への裏切り行為も、愛した相手のためだから仕方ないという正当性のようなものを必要としていたのか。彼女が一生懸命に仕事をおぼえ、やれることも増えてきたときに見せた笑顔は嘘だったとは思えない。

 

私が尊敬していた上司のOさんからは、従業員と親しくなりすぎるなと忠告を受けた。彼女の情報漏洩はショックではなかった。似たようなことは以前にもあったし、人は案外、簡単に裏切るのだなと思っただけだった。Oさんは若い頃に起業し、ずっと取締役だった。従業員との関係で情が移るとつらくなることがあったのかもしれない。Oさんの家庭は裕福だったが、資産があったため、親族に裏切られてかなりつらい思いをしたと聞いている。彼は優しい性格なので、人を信用しないことで自分の心を守ってきたのだろう。従業員との世間話すら避けている様子があった。Oさんの言うことはいつも正しいし、わからないことがあれば彼に相談すればたいてい解決してくれた。それでも、Oさんの考え方は虚しいようにも感じるのだ。

 

周囲と壁を作り、誰にも心を開かなければ裏切られたとしても傷は浅い。でも、そうやって裏切りを恐れて誰とも親しい関係を築かずに引退したとして、はたしてそれで充実した人生と言えるのか。もちろんあからさまに怪しい人は避けるべきだが、ある程度は腹を括っていくしかないというか。それで裏切られたら、もうそれは仕方ないという。せっかく一緒に働くのだから、楽しくやりたいじゃないの。Kさんはどういう気持ちで会社を裏切ったのかなと考えた。不思議なことかもしれないが、まったく恨みのようなものはないんですよね。できれば幸せになっていてほしい。人生は短いし、良心の呵責などを背負って生き続けるのもつらい。

 

そんな思い出のある映画『眉山』。ご覧になってはいかがですかって、逆に観にくいわ。