玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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加速する世界

▼なぜか4連休だった。よしよし。よくわからないままに4日休む。海の日の他に何かあっただろうか。調べてみると10月にあった祝日、体育の日の名前が変わってスポーツの日になったとか。なるほどー。今年はオリンピック開催年だったので、特例として今年だけ祝日を移動させて7月にもってきたのだとか。コロナがなければ今頃はオリンピックだったのか。この4連休で得たのは、スポーツの日の知識のみ。あと、なんもしてない。スポーツもしてない。

 

スポーツといえばメジャーリーグがついに開幕した。ほほほ。大谷選手の活躍をみる。エンゼルスは中継ぎが打ち込まれ、打線は決定力不足が目立つ。これは今年も‥‥。コロナの影響で、今年は特別ルールらしい。初戦からさっそく延長戦に突入。日本の場合は延長10回で引き分けになる。アメリカの場合は、延長10回からはセカンドにランナーをおいての開始となる。引き分けにはしない。意地でも勝負をつけようとするところにアメリカらしさを感じる。

 

 

 

▼オンラインゲームの運営をしている知人と話す。サービスを開始したもののユーザーから叩かれて苦しんでいるとか。いまだかつて叩かれない運営があったでしょうか。ない。ほぼ間違いなく叩かれる。ユーザーからの「早くサービス終了しろ。死ね」が「おはようございます」と聞こえるようになってからが真の運営である、というか病気。優しい世界に行きたい。

 

特に評判が悪いのがチュートリアルの部分で、ストーリーをスキップさせずにじっくり読ませる作りになっているとか。それは叩かれる。作り手の気持ちとして、苦労した部分、こだわって作った部分を飛ばしてほしくないのはわかる。だけど、今までプレイしたオンラインゲームでストーリーが良かったなど皆無なんだよなあ。そりゃ飛ばしたくなる。子供の頃は、読み飛ばせないゲームが今よりも多くて、イライラしながらもやっていた。当時は無料のゲームなどはなく我慢して遊ぶしかなかった。無駄に鍛えられた忍耐力。

 

ちょっと前に、インターネット白書の音楽についてのツイートが話題になった。「1980年代まで曲の前奏が平均20秒、2019年には平均5秒まで短縮。サブスクリプションだと5秒程度で25%が離脱、30秒で更に34%が離脱する」というもの。頭の5秒で曲を判断されるので作り手は頭にサビをもってくるしかない。ユーザーは我慢して聴いてなどくれない。動画投稿サービスのTiktokは1分以内の動画だし、ツイッターも140文字。余計なものは削ぎ落され、効率化し、さらに短くなっていくのだろう。ツイッターは140字だが、俳句は五・七・五の17文字で伝えていた。まだ123文字も削れる。最先端は江戸。江戸に戻るしかない。私もこの長ったらしいブログはやめて江戸の世界に行く。ますますおじいちゃん化がとまらない。

 

短くなったり、速くなったりすることには逆らえないし、素直に歓迎すべきことかもしれない。ただ、長い物や複雑な物についての理解力、我慢する力は損なわれているようにも感じる。「要するにどうなの?」と結論を急いでしまう。要するにどうだと一言で答えられるのは難しい問題ではないわけで、一言では言えない難しさ、複雑さを受け止める力も育てていかなければならないと思います。どした急に。

 

 

 

▼以前に観たSFドラマ『アップロード』ですが、とても面白かったもののよくわからない部分がある。

 

 

2033年の世界では富裕層は仮想世界に自分の意識をアップロードすることができる。死にかけている人間を特殊な機械にかけて、頭ごと吹っ飛ばすというなかなか過激な方法。体は死んでしまうが、意識は仮想世界に転送されるというもの。転送された「私」は過去の記憶もあるし、容姿も生前のものが再現され、たしかに私である。

 

しかし、オリジナルの肉体を持った私は現世では死亡している。もう、私は何も感じることはないし、意識は失われているのではないか。仮想世界にいるのは、私の記憶と性格を再現した私であるものの、それは私とはまったく別の人物なのではないかしら。莫大なお金をかけてアップロードしたところで、現世で頭をバーンと吹っ飛ばされたところで私の人生は終わったと思うのだけど。私の精密なコピーを残したところで、私は何も楽しくないと思うのだけどなあ。意識ないんだから。

 

そこのところをまったく説明せずに物語が進んでしまうので釈然としませんが面白いのです。