玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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母の成人式

▼浜松名物のお菓子、うなぎパイを頂いて食べる。前から思ってたんだけど、うなぎパイってうなぎの味がまったくしない。商品名になっているわりに、うなぎがまったく活躍してないような。原料を見ると怪しい「うなぎ粉」なるものが入っているのだけど、食べるたびにうなぎ無しでも絶対作れるよな、と思ってしまう。うなぎ無しのうなぎパイも可能なのでは。うなぎを入れない場合、「うなぎパイ(うなぎ抜き)」となるがもはやそれは、ただのパイである。浜松名物ただのパイ、か。それはそれでさびしい。やはり何かシンボルが欲しい。こうして、今日もうなぎの味がしないうなぎパイは作られていくのです。知らんけど。

 

 

 

▼成人式だった。今年も新種の鶏のような頭をした新成人が各地で大暴れしたのだろうか。ワクワク。

 

正月に親族が集まったとき、母の成人式の話を聞いた。もう50年も前の話であり、母の記憶もあやふやでなんだかよくわからない話。母は高校を出た後、地元の電機機器の会社に就職して事務として働いていた。やがて二十歳になり、成人のお祝いとして会社からご祝儀を頂いたという。いい時代である。今もくれる会社あるのかな。

 

母は成人式前日、上司に「明日は成人式に出るから会社を休む」と言って休暇をとった。今と違って成人の日は1月15日に固定されていて祝日で、わざわざ休暇を願い出る必要もないように思える。だが、母が住んでいた福島の田舎は雪が多かったそうだから、1月ではなく、少しずらした時期の土曜日に成人式をやったのかもしれない。昔は週休1日だったし、そう考えれば会社に休暇を願い出たのもわかる。

 

で、ここからが不思議なのだけど、母は成人式の朝、「今日、成人式はない」と気づいたらしい。何を言っているんだ、おまえはという話ですが。普通、成人式は役所から事前にハガキが来て、時間と場所を通知してもらって参加する。しばらく会ってなかった友人たちと連れ立って成人式に行ったりもする。だが、母は誰とも連絡をとらず、一人で式に行こうとしていたが、朝になってどこへ行ったらいいかわからなくなり、結局一日寝ていたという。なにその話。

 

普通に考えれば事前に友達に連絡するのではと思うのだけど、友達の多くはその地方では高校を卒業したら上京するのが当たり前で、誰も近所にいなかったようなのだ。役所に電話で確認をしようにも、当時は商売をしていなければ家に電話なんてないし、役所の番号も知らないという。貧乏なので前もって晴れ着を予約したりもせず、事前の準備も特になかったらしい。会社に行くような服装で参加しようと考えていた。

 

どうも、母の住む地域ではその年から成人式のやり方が変わったようで、1月16日から翌年の1月15日を迎えた人を成人として祝っていたのを学齢方式(4月2日~翌年4月1日までに成人した人を祝うやり方、ようするに学年ごと)に変更したらしい。たしかに学齢方式にすれば同学年の人たちと成人が祝えるので、このほうがいいように思う。学齢方式への切り替え時期に当たったらしく、母の成人式は翌年だったようなのだ。

 

だが、会社からお祝いと休みをもらっていた手前、周囲には「成人式に出た」と嘘を言い、翌年の式には出席できなかったそうである。しかし、当日の朝まで式があると信じていた思い込みがすごい。普通、「何も来てないけど大丈夫なのかな?」と不安になりそうだけど。「今年は式がある! だから出る!」と思ってしまったんだろうなあ。根拠のない思い込みと自信、あれは遺伝だったのか。

 

母は「お祝いをもらったので会社を辞められなくなった」とよくわからないことを言っていた。結婚相手がいたわけでもなく、何か理由があったわけでもなく、わずか二十歳にして会社を辞めようとするところに血を感じる。この前、就職したばっかりだろ。尋常ではないやる気の無さを感じる。他人とは思えないところに深く共感した。

 

 

 

▼映画の感想『殿、利息でござる』を書きました。実話が基になった落語の人情噺のような時代劇。とても良かったです。善行を誇らない美しい人たち。