玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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忘れ物

▼明日、打ち合わせに入れるか訊かれる。「明日は友達と家でリッツパーティーをするから都合が悪い」と答える。「もうそういうのいいですから。友達いないでしょ」といわれる。あれか、君たちは年寄りのくだらないたわごとに付き合う心の余裕もないのか。この国から介護の精神は失われたのか。わしはこの国の未来を憂う。

 

明日、一人でリッツパーティーを開催することに決めた。わしの意思は固い。

 

 

 

▼まだこの本を読んでいる。

軍隊の話ではあるものの生活に応用できることも多い。ケアレスミスについての対処が載っていた。ある潜水艦乗務員が単純なミスをしてしまう。本人はその作業がとても重大なことを認識していて、それでもボーっとしてうっかりやってしまった。

 

本人が悪いと認識していることに対して激しく叱責しても効果はまったくない。悪いとわかっているわけだし。そこで取り入れられたのが、声に出してこれからする行為を確認することだった。これは駅員さんがホームでやっているのを見たことがあるかもしれない。確認作業を入れることで、自分の心の準備が整うし、また周りがミスに気づいて未然にミスが防げることがあるという。

 

この話で興味深かったのは、無意味な叱責についてだった。忘れ物をした子供に「次は絶対に忘れるな」といっても、それほど効果は見込めないんじゃないのかな。子供だって忘れ物がいけないという自覚はある。だからなぜ忘れたのかを考えさせることが重要で、前日寝る前に翌日必要な物をカバンに入れておくとか、それを習慣づけるだけで簡単に防げることもある。それで防げないなら、なぜ習慣づけることができないのか、などと原因をたどっていけばミスは減っていくはずである。それでもしそうだけど。

 

中学時代、わたしもよく忘れ物をしていた。担任は忘れ物をした生徒に対し、ほっぺをつねりあげるという罰を与えていた。子供心に「これは中の下のやり方だな。ふふ」と、ほくそ笑んでいたのを憶えている。つねられながら。わたしこそ、中の下というより下の下だった。そんで反省もせずに忘れ物をし続けたのだった。

 

中学時代にこの本を読んでおけばなあ。だがそれでも、まだ忘れる自信がある。それはもう揺るぎない確信である。どの病院に行けばいいのかわからない。