玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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消えゆく2万5千円

痛風によく似た症状の関節炎になってしまった。左足の甲が熱を持ち、痛くて歩けない。患部がクリームパンみたいに腫れ上がっている。痛風とよく似ているが、乾癬(かんせん)関節炎という病気である。乾癬のかっこいいところは、患者数が国民の0.01~0.1%程度(約10万人)しかいない。さらに乾癬の患者のうち関節炎を発症するものは1~10%らしい。わはははは。病気のスーパーエリートではないか。レア中のレア、初回ガチャでいきなりSSRとかを引くようなものである。おめでとう。はっきりした治療法はありません。ガッデーム。だが、炎症が出ている期間は短いので、なんとか乗り切りたい。

 

原因は不明で治療法も対症療法しかないようなのだけど、でも意外といけるんじゃないかなあ。痛風も、体重を8キロ落として適正体重に近づけることでまったく発症しなくなったので、乾癬もなんとかなるはず。痛風と同様、体力、体重、食べ物、やはりこの3つが重要な印象。どの病気でも同じか。

 

さておき、打ち合わせがあるので痛み止めのロキソニンを飲んで出掛ける。ほとんど足を動かすことができず、傘を杖替わりにしてヨロヨロと移動。完全におじいちゃんである。東京の東のほうで打ち合わせなので、仕方なくタクシーを使う。もう本当に動けないんですよ。ギリギリ這わないで移動できるが、本当なら這いたい。

 

運転手さんと世間話をして病気のことを伝える。バックミラーで運転手の表情を確認すると「お客さん、大丈夫ですか~。心配ですよ~」などと言いながら、ものすごい笑顔だった。正直なお人。そりゃ、朝から東京の端から端まで移動する客を捕まえたら、機嫌も良くなるだろう。いろいろ寄ってから行ったので、タクシー代で2万5千円飛ぶ。2‥‥、2万5千て。わたしは泣く。

 

2万5千円かけて行った打ち合わせで、本当に重要な部分は15分ぐらいだった。世の中とは、そういうものである。カニだって、食べられる身は少しで、大部分は殻ではないか。それと同じだ。だからしょうがない。しょうがない。しょうがない。しょうがない‥‥。って、あああああ! しょうがないことあるかあ! 返せ、2万5千円! そもそも、カニは美味しいが、わたしは何も食べてない。

 

15分のために2万5千円‥‥。だが、こうは考えられないだろうか。銀座の高級クラブに行ったと思えば安いもの。そのクラブのメンバーはみんなおっさんでしたけども。打ち合わせ中ずっと社長の悪口しか言ってなかったけども。うーん、不毛。いかように解釈しても、自分を納得させられない。

 

帰りにタクシーを使うのはさすがにつらい。ご飯を食べて痛み止めを飲んだ後、ひたすら公園のベンチで時間をつぶす。痛み止めが効いてくるには時間がかかる。痛風だと炎症のピークから3時間ぐらいで、なんとか動けるようになる。痛みが減ってきたら電車で帰るつもり。安い電車で帰るのだ。公園のベンチでうずくまって、ただただ時間が過ぎるのを待った。

 

「ちょっと、あなた大丈夫?」

ブロッコリーのような髪型をした60歳ぐらいのおばちゃんが、顔を覗き込んでくる。1時間ぐらい寝てしまったのだろう。痛風のときもそうだが、症状が出ているときはやたら眠い。おばちゃんは、公園の裏の団地に住んでいるらしい。わたしのことを見ていたが、動かなくなってしまい心配だから見に来たという。わざわざ心配して来てくれるとは都会も捨てたもんじゃない。ブロッコリーみたいな髪型とか思って悪かった。ブロッコリーみたいな頭のやつは、みんな善人である。おじいちゃんも遺言でそんなことを言っていた。間違いない。

 

足が腫れ上がった顛末や、症状が落ち着いてきたら電車で帰るつもりだということをおばちゃんと話す。おばちゃんは、さも気の毒という表情で同情してくれた。

「あ、ちょっと待って」

おばちゃんは掛かってきた電話に出ると、わたしと反対の方に体をねじって話し出す。

「パパさん? 大丈夫大丈夫。そうそう、さっきの挙動不審ぽい‥‥、そうそう。あれね、なんだか病気で休んでたみたいで‥‥。そうそうそうそう、だから通報しなくても大丈夫みたい」

 

通報て。心配だから見に来たって言ってただろうが! 駄目だな、都会は。わたしが神のように絶大な権力を得たら、ここ江戸川区から滅ぼそうと思います。おばちゃんは電話を切って、こっちに向き直ると、何事もなかったように「体、大事にしなきゃダメよ」と去っていきました。待て、ブロッコリーババア。そう言いたかったが通報されるのでやめた。権力に弱い。

 

2万5千円を使って、ブロッコリー江戸川区が嫌いになった。そういう日もある。