玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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シャンプー

▼打ち合わせ終了後、雑談。Oさんという女性社員と話す。旦那さんの頭が薄くなり、育毛ケアにかけるお金がばかにならないと嘆く。育毛費を旦那さんの小遣いから出すか家計費から出すか揉めた挙句、家計費になったという。人はいろんなことで揉める。 育毛用のシャンプーも5000円以上するらしく、奥さんとしてはまったく成果が上がらない分野にこれ以上投資はできないという。「いや、でも投資しているから、その損害で済んでいるという考え方もできますよ」と弁護を試みたが無駄だった。わたしもいずれ禿げるであろうから、他人事には思えなかったのだ。奥さんは旦那さんが禿げようが茂ろうがどうでもいいようだ。 で、もっと詳しく話を聞くと、どうせ禿げは止まらないから、高級シャンプーにひそかに水をたして量が減らないようにしているという。悪魔がここにいた。奥さんが言うには「あのシャンプーはもうほとんど水と同じ」らしい。江戸時代から続くうなぎ屋のタレじゃないんだから、そんなに継ぎ足されても困る。どうせ禿げは止まらないって。止まるかもしれないじゃんかあ! なあ! なあ‥‥無理かしら‥‥。 Oさんと旦那さんは同じ会社に勤めており、午後は旦那さんとの打ち合わせがあった。旦那さんは頭髪のことは明るく笑いにする人である。高級シャンプーのことを訊いてみると「あれ使ってから抜け毛が減ったんだよ~」などとご機嫌なのだ。ああ、もう、涙を禁じ得ない。なんと曇りのない瞳なのでしょう。そのシャンプーはほとんど水だというのに。 わたしが苦虫を噛み潰したような顔をしていると「あ、おまえ、俺が禿げてるから効き目ないと思ってるんだろう?」などと言ってくる。違うのだ。いや、違くないか。確かに効き目ないかも。よくわからない。そうじゃなくて、奥さんの裏切りである。でもここでそんなことを言えば家に帰った後に戦争が始まるだろう。まさにこれこそ不毛な戦い。わたしは、ただただ旦那さんの曇りのない瞳と頭部を見つめることしかできなかった。正義は死んだ。