玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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闇の深さ

▼仕事でお世話になっている会社へ。行きの電車の中、豪快に口を開けて寝ている若者がいた。若者の前に立っているおじさんは、スーツのポケットからほこりのような物を取り出すと、指の先で丸めて弾いて、寝ている若者の口に入れるゲームを始めた。

口の中にほこりが入ると、若者は眉間に皺を寄せて口をモゴモゴさせているが、また何事もなかったように大口を開けて寝だす。するとおじさんは、またポケットからほこりを取り出して若者の口に狙いを定めるのだ。

いい光景を見た。癒されるとはこういうことか。


▼打ち合わせ後、女性社員Mさんの話を聞く。駅で人を待っていたところ「写真を撮らせてほしい」と、オタクっぽい男性につきまとわれたという。断ってもしつこくされて困っていたら「待った?」と、イケメンの男性が手を引いて彼女を救い出してくれたそうだ。

な、なんじゃ、その話‥‥。知ってます! 「別冊マーガレット」か「花とゆめ」に出てくるやつでしょう! 現実に起きるとは信じがたい。彼女は、その助けてくれた爽やかな男性とLINEをしており、今度ご飯に行くそうである。

イケメンというのはすごい。仮に人を助けるにしても「待った?」と手を引いて連れ出すなんてできない。恐ろしいほどの自信。わたしがやると「なんですか、やめてください」であって、下手すればその場で逮捕なのだ。話を聞いたとき、みなイケメンの爽やかさに感心していたが卑屈くんだけは違った。卑屈くんは、知人のフェイスブックを見て、その生活の充実ぶりを妬むのが趣味の男。

「写真ぐらい撮らせてあげればいいのに」とか「初対面の人間に写真撮らせてくれというのは、かなり勇気がいるはず」と、写真撮影を断られた男のほうに感情移入しているのだった。そもそも、卑屈くんはイケメンが活躍する話が死ぬほど嫌いなのである。闇の深さよ。

ずっと納得がいかなかったようで、お昼ご飯を食べているときも文句を言っていた。「ドラマだと、イケメンと『写真撮らせてくれ』と言った男が実はグルで、っていうのがありそうだよね」と言ったところ「それですよ、絶対!」と強くうなづいていた。

その後、しばらくして先ほどのMさんと話した。Mさんのところに卑屈くんがやって来たという。そして「イケメンは、写真撮影を頼んだ男を金で雇っているかもしれないから注意したほうがいい」とか「そういう人間にサイコパスは多い」などと、わたしが言っていたというので驚いた。わたしがて。そこまでは言ってないじゃんかあ! なんという巻き込み事故。卑屈くんの闇の深さを見る思いがした。

卑屈くんはわたしにはとても優しい。頼んだ事は最優先でやってくれるし、わたしを立ててもくれる。そしてイケメンにとてつもなく厳しい。これは、えーと、つまり、どういうことなのか。卑屈くんに良くしてもらえば良くしてもらうほど考えてしまう。考えないことが人を幸せにすることもある。
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