玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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▼隣席のTさんがペン習字を始めていた。以前に彼女が書いていた字は、漢字が正しく書いてあるのに間違って見えるという、どこかバランスがおかしい文字だった。見る者を不安にさせるところがある。

「呪いのお札とかに書いてありそう。殺人文字だ」と言ったらしい。わたしが。まったく憶えていない。それを気にしてペン習字を始めたのだという。ひどいことを言う人がいる。

彼女が自慢げに見せてくれた字は、なるほどとても模範的なものになっていた。字は模範的なものの個性が収束してしまい何かさびしい。かといって相田みつをのような味のある字で「請求書だもの」と、もってこられても困る。

面白くなくて模範的か、個性的で下手か、難しいところ。しかし、べつに殺人文字でも良かったのになあ。個性的で面白そうだし。Tさんに「どうですか?」と訊かれたものの、正直に答えれば「まともになって面白くない」である。

そう答えようとしたけれど、作業中なのかTさんの左手にはカッターがあった。「前は前で味があったけど、これはこれですごく読みやすくていいね」と答えたら、嬉しそうに練習の苦労を語ってくれた。わたしはだいたい正しいことを言う。特に相手が刃物を持っていた場合、まず正しい事を言う。