玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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映画の感想を移行

▼映画の感想がだいぶ増えてきたので、サイトを分割しました。以後、映画については「映画の感想」に書きます。ブログの移行サービスが充実してきているおかげで、データ移行はそれほど手間はかからない。でも、移行されたものを整理して内容を読むと、あまりの内容に唖然とする。

わたしが独裁者なら火あぶりにする。もう、内容の稚拙さにクラクラした。あまりにひどいものは移行の際に削除したが、バカみたいに量だけは書いてあるのでとても全部読み切れない。バカは量だけは書くから侮れない。バカ、怖い。

過去に書いた物が我慢ならなくなるというのは、どういうことだろう。許せないというのも二種類あって「文章が下手」という技術の問題と「エゴの強さ、いやらしさ」などの人格の問題があるのだと思う。行間からみっともなさが滲み出ているのだ。もう、本当に我慢ならないやつである。わたしだけど。

だが、これほど我慢ならないということは、その分成長したと言えるのではないか。一年前の自分に関しては、他人ということにして心の平安を得た。文責も何もありゃしない。責任なんて持つ気はまったくない。だって、あの人は他人ですもの。これでいく。


▼友人夫婦の家にお邪魔。友人夫婦の子ター坊(小学5年)と話す。ター坊は夏休みの宿題で日記をつけていた。簡単そうに見えて日記は難しい。大人だって毎日書くのは難しいのに子供にできるわけもない。案の定「書くことがない」と言っていた。

とりあえず毎日の献立でも書いておけばいいのではないかと提案した。ター坊は素直というか、脳みそを極力使わないように生きているので、この提案は即採用された。かくして、日記には毎日の献立が書かれることになった。

で、彼は怠け者なので7月中は、毎日細かく5,6品目の献立が書かれていたが、8月を迎えると「ごはん」とだけ書かれている。飽きたな。「今日のこんだて ごはん」とだけ書かれた日が並ぶ。ター坊は、先生から日記を返されるとき、しつこく「今日、何食べてきたの?」と訊かれたという。これ、虐待を疑われたのではないか。毎日「ごはん」しか書いてないのだから仕方ない。

ター坊は母親から「ちょっと!ちゃんと作ってるんだから全部書いてよ」と注意されていたが、小首をかしげていた。「おいしいって書かなったから、いけないの?おいしいよ?」と言う。何が問題かわかっていなかった。アホはどこまでも強い。


▼どうでもいい日記を書いていなかった。何かどうでもいいことがあるかと考えたら、あった。高須クリニックのCMが新しくなったのだ。実にどうでもいいでしょう。新しいものはYouTubeになかったが旧版はあった。まあ、探して見るほどでもないのだけど。

で、高須院長がヘリに乗って石油王みたいな人たちと会議をしたり、砂漠で車を運転したりする。別バージョンではクルーザーで会議したり、院長みずからヘリを操縦しているものもある。新しいCMでは、記者に取り囲まれていたのだ。

これが高須院長のかっこよさの価値観なのだろう。かっこ悪いわたしが言うのもなんだが、ダサいのではないか、これ。バブル期のかっこ悪さが凝縮されたCMに見える。だがですよ、このダサさが安心感という気もするのだ。

美容整形というのは体にメスを入れるわけだから、とても怖い。何か信用ならない気もする。そんなときに安心できるのがダサさではないか。通販のジャパネットたかたの番組は、高田社長が方言全開でまくし立てる。通販というのも、やはりちょっと怪しいイメージがある。しかし、方言が入ることで「この人、悪い人じゃないんじゃないか」という気がするのだ。方言はダサさとはまた違うのだけど、垢抜けなさがプラスに作用している。

ジャパネットはこれを計算してやっている。高田社長ではない人も、やはり方言全開だからだ。で、高須院長のほうはといえば、かっこいい高須を見てもらいたくてやっている感じがする。こっちは計算の臭いがしない。全力で、かっこいい高須院長を演出している。そのかっこ悪さが、美容整形という体にメスを入れる怖さに安心感を与えてくれているように思うのだ。ね、どうでもいい話でしょう。
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