玉川上水日記

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「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也)

▼「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也)という本を読みました。戦前、史上最年少で「全日本選士権」を制し、1949年に優勝するまで一度も負けず、15年間、不敗のまま引退した最強の柔道家といわれる木村政彦の一生を追いつつ、戦前戦後の柔道史を描いたノンフィクション。

とにかく出てくる人物がみな濃いんですよね。三国志水滸伝に出てくるような豪放磊落な人物ばかりが出てくるというか、ちょっとみんな変わっている。木村政彦が柔道を始めた理由が興味深い。小学校4年のときに悪ふざけをして先生に怒られ、投げ飛ばされたからである。その先生に復讐するために始めたのだ。なんて歪んだ動機!かっこいい!

木村は病気をしても練習を一日も休まず、その理由も「休むと復讐が1日遅れる」というもの。完全に頭おかしい小学生である。もうこのエピソードだけでもしびれますよ。たまらない。

師匠が「暑いから扇いでくれ」と木村に頼むと、畳をはずして扇いだという。試合に臨むにあたっては、負けたら腹を切るという。魁!!男塾の世界である。あんな感じをイメージしていただければ、だいたい合ってますんで。

そんな無茶苦茶なエピソードが多数収録されてますが、大部分は真面目な内容で、柔道史について本当に詳細に書かれてます。なぜ柔道には打撃がないのかという素朴な疑問から、現行ルールに至るまでの講道館の政治力の強さ、高専柔道、武徳会の消滅、エリオ・グレーシーとの戦い、日系ブラジル人同士の抗争、力道山との戦い、柔道だけではなく昭和史としての価値も高い。

著者の公正さもすばらしい。一つの物事を書くのに、事実かどうかの検証をなるたけ多くの資料にあたっている。本人が言ったことすらそのまま信じずに検証を加えている。木村がついた嘘(無意識かもしれないが)についても冷静に指摘している。それは著者のような木村を敬愛する人間にとって、辛いことだったかもしれない。

ただそれは木村の魅力を減ずるものではない。勝つためなら地獄の練習も厭わず、子どもっぽい冗談を好み、女好きで、師匠には頭が上がらず、だらしないところもある、そんな魅力に満ちた昭和最強の柔道家が生き生きと目の前に現れるのだ。上下二段七百ページというかなりの分量だが、久しぶりに読み応えのある本を読んだ気がする。

ただ一つ惜しまれることは、木村は真剣勝負のみやるべきだった。それでこそ「負けたら腹を切る」とまで言った鬼の木村ではないか。

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