玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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書き出し小説

▼書き出し小説大賞という遊びがあって、名前どおり小説の書き出しだけ書くだけのものである。あれ、楽しそうだなあと思っていた。今日は、バレンタインをテーマにひとつやってみようかと思いました。


「昨日、一生懸命作ったんです。受け取ってください」
差し出されたチョコを見て、修一は困惑していた。過去に「手作りって、カカオから栽培したんですか?」と訊き、チョコくれた相手を泣かせたことがあるからだ。もちろん悪意はない。

みずからを落ち着かせるように一つ咳払いした後、口を開いた。
「正確に言うならば、これは市販のチョコレートを成型したもので間違いないですね?」

彼の優しさはいつも裏目に出る。

「あの、これ、いつもお世話になってるんで‥‥」
総務の三上さんから、小さな灰色の紙袋を渡された。紙袋には「GODIVA」と印字されている。舞い上がったわたしは、思わず三上さんの体を抱きすくめた。

わたしがセクハラで会社をクビになってから三年八ヵ月後に、この物語は始まる。

「そこへ置くがよい」
籠をおおっていたびろうどの布が取り払われた。三人の男が談笑している。猿のような人懐こい顔をした男が籠をのぞき込んでくる。
「どれどれ、このホトトギスめにもチョコレートとやらを与えてみようかの」
籠の中に指先ほどの茶色の塊が投げ込まれた。くちばしの先でつついてみたものの、今ひとつ食欲がそそられない。足で蹴飛ばして籠の隅へと追いやった。

「鳥の分際で生意気な」
先ほどの人の良さそうな猿顔の男は慌てたように下がる。声の主は目の釣りあがった、瓜のように細長い顔の男だった。胸には木瓜の家紋が見える。これは織田家の家紋。するとこの男が‥‥。冷たい眼差しに背筋の凍る思いがする。男は黙って、わたしの入った籠を持ち上げた。

それが記憶に残る最期の光景だった。

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