玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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野菜を買いに

▼幼稚園の頃に住んでいた場所の近くに仕事で行った。せっかくなので少し足をのばして昔の家に行ってみる。記憶とはどれほど確かなのだろうか。よく「心にはっきり残っている」とか「刻み込まれている」などという言葉がある。わたしも心にその景色がはっきり残っていると思い込んでいた。

しかし実際に目にしてみると違った。何かしっくりこないし、ここではないような気がする。住所は同じだから間違っているわけではない。帰りの道すがら、ずっと腑に落ちない気分でいた。頭の中でその景色が何度も再生されていたと思ったが違ったのだろうか。

アナログのテープを再生するように、劣化したものを何度も再生していただけかもしれない。実物とはどんどんかけ離れていく。思い出が美化され都合よく改竄されていたのかもしれない。

▼ようやく紅葉も色づき、見ごろになった。散歩がてら野菜を買いにいく。直売所の軒先にはブロッコリーやキャベツが並んでいる。今年はキャベツが豊作なのか、立派な物が百円で買える。去年は三百円以上したと思うのだけど。

野菜を見ていると、おばあちゃんがのそのそと店の奥から出てくる。キャベツやブロッコリー、新じゃがを買う。ブロッコリーは一つ七十五円、新ジャガは一袋二百円だった。店の壁には「袋を持参してください」と墨痕鮮やかに書かれていた。手ぶらで来てしまった。

おばあちゃんは買った物をビニール袋に詰めてくれた。しかしそれがボロボロのビニール袋なのだ。ガムテープを幾重にも貼ってあるので、ちょっと遠くから見れば白地に茶色のラインというおしゃれなデザインに見えないこともない。見えない。完全に怪しい人だ。

世間でよくエコだなんだと言うが、ここまでやってこそのエコだろうよ。どうだと言いたいね、わたしは。わたしがやってるわけじゃないけど。

ふつうの店ならばビニール袋を用意してしまうだろう。それをあえてガムテープがベタベタの袋を渡すというのがすごい。わたしが店員ならちょっと渡せない。客によっては怒りだしそうだよ。こうやって物の大切さを教えているのだなあ、ありがとう、おばあちゃん!て思っていたら、わたしの次の客にはきれいな袋で渡していた。

あるんかーい!ってなった。わたしの袋も交換してくれませんか。だってこれじゃあ帰りに他の店に寄れないもの。
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