玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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シンデレラ

▼ここ何年か冬物のスーツを着ていなかった。会社勤めをしていたときに着ていたスーツはクリーニングに出した後、クローゼットに入れている。今日、スーツを着る用事があったので久しぶりにクローゼットを開けてみた。

冬物のスーツを取り出してみたところ、胸の辺りや袖口に白い綿ぼこりのようなものが付いている。きれい‥‥。まるで妖精さんのいたずらみたい‥‥。って、カビやないかーい!白カビやないかーい!などと、自分しかいない部屋でひとしきりはしゃいだ。しかし、そんな茶番を終え冷静になって考えてみるとこれはけっこうまずいのではないか。

今晩のパーティーに着ていく服がない。残りのスーツ3着も全滅であった。アイツの気分が今わかった。王子様がガラスの靴をかまえて待っているというのに、哀れなシンデレラは着ていくドレスがないのです。なんてかわいそうなシンデレラ、そしてわたし!まあどうせパーティーで待ってるのは、脂ぎったオッサンばかりだからいいんですけど。

パーティーはともかくとして他に被害が出ていないかクローゼットの中身をあらためる。スーツやカバン、コート、そしてクローゼットの奥のほうが白カビにやられていた。まあ、わたしの服なんて安物ばかりだからいいのである。くたびれてる物もあるし処分してもいい。だが父親の形見のコートがやられていたのはまいった。

カビてる物とそうでもない物に分類し、カビてる物で家で洗える物は洗濯、それ以外はクリーニング。カビてない物もとりあえず風にあてる。クローゼットを掃除し扇風機をあてる。除湿剤と防虫剤を買いにいく。パーティーに行く気もすっかり失せていた。

パーティーは打ち上げなので必ず参加しなければならないわけではない。事情を説明して断りの連絡を入れた。これはまさにシンデレラじゃないですか。みんなが楽しく美味しい物を食べてるときにさあ。「はああ‥‥」って、ため息なんかついたりして。

しかし人生は楽しいことばかりではないのです。こういう日もあるのだ。この楽しくない状況をどう楽しむかということが大事ではないのかね!なるべく楽しい想像をしたいものだ。そう思っていたら、隣席のTさんからメールが来た。「パーティーの気分をおすそ分け☆」という件名で、ステーキやらローストビーフやらケーキやら、美味しそうな料理の写真が添付してある。

なんですかね、こういうの。まさに絵に描いた餅というかね。砂漠で遭難している人間に「これで元気出して!」って、ミネラルウォーターの画像を送る女である。あの女はそういう女。閻魔様、あいつだけは‥‥どうかあいつだけは!

しかしわたしも大人であるので「僕の分も楽しんでください」などと返信しておいた。しかしその後も他の連中から、鴨だのカキだの、アワビだの、いろんな写真が送られてくる。わたしも楽しい想像をしようとしているのだが、それもなかなか難しくなってきた。

あれですよね、あのパーティーが開催されているホテルですけど実は爆弾が仕掛けられていて、偶然パーティーに行くことができなかったわたしだけが助かったとか、そういう設定はどうだ。それは楽しい。実に楽しい。ウシャシャシャシャ!と、ひとりほくそ笑んでいたところにパーティーに行っている卑屈くんから電話が入った。

「しゅんさん(わたしのこと)、なんでパーティー来なかったんですか~。楽しいし、料理も最高でしたよ~!」

「なんだ、まだ爆発してないのか」

「え?」

「いや、なんでもない」

ごく自然に口から出てましたね。パーティーは無事終了したそうで、わたしはほっと胸をなでおろしました。何事もなくて本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。本当によかった。

怖いわ。
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