玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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松茸

▼祭りじゃ、祭りじゃー!みなのもの、箸をもてい!
と、浮かれておったね。何をそんなに浮かれていたかというと、松茸をもらったのです。松茸を最後に口にしたのは、思い起こせば、もう十余年も前のことでしょうか。宇多田ヒカルの「First Love」がヒットしていた頃である。前世紀の話か。ということは、ここで今世紀分の松茸を食べてしまうと、わたしが次に松茸を口にできるのは22世紀になる。今世紀分の松茸ってなに。

ともかく、親戚が松茸を持ってきてくれた。松茸といえばキノコの王様である。香り松茸、味しめじなんて申しまして。違うか!おとしめてどうする!わっはっはっ!松茸さまに失礼である。頭が高い!と、ご機嫌ちゃんであった。松茸を受け取るまでは。

でね、伯母から渡された松茸は新聞紙にくるまれていた。開けてみると、掌を目一杯ひろげたよりも少し大きい、二十センチを超える立派な物が二本。土瓶蒸しか松茸ご飯か、お吸い物か、どうやって食べようか迷う。

だが、よく見るとなにか変。松茸には立派な笠があったと思うのだけど、それがない。笠がないものだから、茶色い棒のようになっているし、全体がベトベトと湿っている。伯母に訊けば「土がついて汚かったら洗って持ってきた」という。

ネットで調理法を見ると、香りが飛ぶから洗ってはいけない。汚れは拭き取るとある。まあ、洗ってしまったものはしかたがないが全体がベトベトしているのが気になる。溶けてないか、これ。うーん、先ほどまでの上機嫌は吹き飛んでしまった。あの、そもそも、これって本当に松茸さまなのでしょうか。松茸さまの名をかたる怪しいやつではないか。

食べたら最後、笑いが止まらなくなってやがて死ぬという、そういうやつ?なんだか香りもよくない。雨に濡れた犬の香り。松茸ってこんな香りだったっけ。そもそも「これが松茸である」という正しい知識がないものだから、目の前にある松茸らしきものが松茸かどうかわからない。笠の頭の部分に「ま」って入ってたりすればいいのに。

この棒みたいなものが、ちくわという可能性もあるよ。いや、たて笛という可能性も捨てがたい。とにかく調理法を考えなければならない。炊き込みご飯にすると、これがものすごく不味かったとき、ご飯も一緒に捨てなければならないのでホイル焼きにすることにした。

リスクヘッジというやつですね。できるビジネスパーソンは違うわー。できるビジネスパーソンはちゃんとした松茸を買うと思うけど。あと、ビジネスパーソンてなんだかしゃらくさいので、ホイル焼きにされればいいと思います。うん。

松茸を手で裂いて二十分ほどホイル焼きにする。十五分ほどたっただろうか、部屋に充満するかぐわしい香り!かぐわしい濡れた犬の香り!

な、なんかおかしいでござる!あやつは上様の名をかたる不埒者だったか。ということは、今まで何を焼いてたんでしょうか。できるビジネスパーソンか。で、まあ、焼きあがったんですけども。もはや松茸を前にした期待感は微塵もなく「食べても死にませんか?本当に大丈夫ですか?」というところまできていた。

恐る恐る食べてみたものの、食感はたしかにキノコである。味は、なんだかわからないが不味い。これ以上食べると身の危険を感じたのでやめる。胃のあたりが気持ち悪い。その日は朝まで眠れず、翌日も気持ち悪かった。

前日に、会社で隣席のTさんに「親戚が松茸をもってきてくれるんだ!炊き込みご飯にするんだ!」と自慢していた。次の日、Tさんに会うと「松茸、美味しかったですか?」と訊かれる。「ああ‥‥、あれね。濡れた犬の味がする‥‥。濡れ犬味だった」遠い目をして答えた。そうです。松茸は濡れ犬味です。それはほろ苦い失恋の味、というか食中毒一歩手前の味。お腹を壊して、会社を早めに出ました。

ほろ苦い経験をして、わたくし、また一つ大人になりました。体調悪いし、寝不足だし、なんだか文が変だよ。しかし、あれは本当に何を食べたのだろうか。