玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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少年時代 骨 粘土

▼日記を毎日書くと宣言したものの一日で挫折。早かった。暑さは人を無気力にする。3つほどお題を頂いて日記を書くということを始めたがなかなか難しい。「少年時代」「」「粘土」というお題です。まず初めに頭に浮かんだのは「少年時代には、よく粘土で骨を作ったものである。 完」という文だ。

でも、嘘だから困る。これで日記は無理ではないか。

▼それこそ少年時代のことでも書くしかない。小学校二、三年の頃の話。運動会の日の朝だった。当時は団地に住んでいた。踊り場まで七段の階段があり、階段を二段、二段、三段とリズム良くジャンプして降りていくのが習慣だった。

その日、張り切って家を出たものの、最初のジャンプでバランスを崩し、七段あった階段を飛び超えてコンクリートの床に叩きつけられた。地面に激突するまで、空中に浮いている間はスローモーションになったのを憶えている。今までの人生が走馬灯のように流れるなどといいますが、そういうことはなかった。ちょっと考えてみたが、そもそも走馬灯を知らなかった。無知である。走馬灯を知っていたら死んでいたかもしれない。無知ばんざい。

で、市の観光情報サイトから画像を拝借しましたが、これが走馬灯だ!
話が逸れた。

張り切って階段から落ちてコンクリートに叩きつけられた。とんでもなく左腕が痛かったが、折れたとは思っていなかった。それまで大きなケガをしたこともないし、そんなこと考えてもみなかったのだ。その場は痛くて泣いたが家に戻って、母に階段から落ちたことを告げると「せっかく弁当作ったんだから学校へ行きなさい」というのである。恐るべき理由。

だが「まあ、そういうものか」と、不思議と納得してしまい学校に行った。バカである。運動会が格別好きだったということもなく、どちらかといえば「やらないで済むなら、やらないで済ませたい」と思うほうだった。だから、休んでいれば良かったのかもしれない。時折、左手首が痛んだものの運動会も無事に終わった。

次の日は、振替休日で学校は休みだった。その日は、母に恐竜展に連れて行ってもらった。恐竜展に行く途中、新宿で寿司を食べた。寿司からの恐竜ということで、こんな贅沢が許されるのか?と怖くなる。わたしの父は、わたしが子供の頃に事業に失敗しており、外食に連れて行ってもらうことも、あまりなかった。

なのに寿司と恐竜である。贅沢の極みではないか。幼心に「これは心中もあるで!」と思ってました。本当に。最後の贅沢かもー。そうなのかもー。と、そんな不安が頭をよぎったものの、寿司を食べたら美味しくて、すべてを忘れていた。

で、昼食後に恐竜展を観た。さまざまな化石の展示にも心を奪われたが、ブラキオサウルスの大腿に実際に触れるという企画が嬉しかった。手触りは、ただの石と変わらない。大人ならば一度触れば十分だろう。だが、何度も何度も長い行列に並び直し、ペタペタ触って喜んでいた。なんであんなに嬉しかったのだろう。

何日か過ぎても、左手首の痛みが引かないので医者に行ったら、やっぱり折れてました。恐竜の骨を触って喜んでる場合じゃなかった。おまえの骨、折れてるよという。平和な時代でしたねえ。

粘土‥‥、粘土‥‥、よ、よく粘土で遊んでたね!そういえば!

三つのテーマをクリアしました。完全に。

お題は引き続き募集中です。気が向いたらコメント欄にでもお願いします。
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