玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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小遣い

▼先週、友人夫婦の家にお邪魔した。友人夫婦の子ター坊は小学3年にして、ついに小遣いを月100円もらえることになった。とても浮かれていた。とはいっても月100円ていうのはどうなんでしょう。まあ、お菓子も何もみんな親が買うのだから、それぐらいでいいのかもしれない。 

遊びに来たわたしに「お小遣いでポテトチップスを買ってあげる!待ってて!」と家を飛び出したター坊である。いや、月100円の人にそんな申し訳ない。断ったんだけど、わたしの返事を聞く前にもう靴を履いて飛び出していた。

近所のスーパーに行ったものだと思ったが20分経っても30分経っても帰ってこない。ちょっと心配になり、探しに行こうかと友人夫婦と話をしていたときに真っ赤な顔をしたター坊が戻ってきた。「どうしたの?」と訊ねると「落とした‥‥全財産」と言う。

全財産て100円じゃん。そう思ったが本人にしてみれば大変である。父親は「慌てるからだ。バカ」と言う。ター坊はうなだれたまま部屋に入ってしまった。どうやら父親は代わりのポテトチップスを買ってやる気はないらしい。ここで安易に買い与えないところが彼のいいところなんだろうなあ。100円でこういう経験ができたのはよかったかもしれない。

▼ター坊が少しかわいそうに思ったのはわたしも似たような経験をしたからである。小学校2年のときに小遣いに憧れていたわたしは、親と交渉してついに小遣いをもらうことに成功した。しかし、月10円である。10円て。とんだブラック企業である。家だけど。

まあ、要る物はすべて買ってもらってるから本当は必要ないのだけど。わたしもやはりポテトチップスを自分の小遣いで買うことを決意し、10円の貯金を始めるのである。10ヶ月貯めれば食べられる。なんという意思の強さ。今、10分しか我慢できないけどね。人間は堕落する。

で、その貯めた10円をフィルムを入れる小さなケースに入れて貯金箱代わりにしていた。ときどき開けて中を見たり、振って音を聞いていた。その当時、スチーブンソンの宝島でも読んだのか、宝の地図に憧れていたわたしはそのケースを団地の前の芝生に埋めるという遊びをやっていた。その位置を地図に書いて記録しておく。

埋めて何日かして掘り出すという馬鹿げた遊びをやっていた。まだ憶えているが70円まで貯まったときだった。またいつものように「やるか」と海賊気分で埋めたはいいものの、掘り出す段になってどこに埋めたかわからなくなってしまった。はっきり言ってアホそのものですからね。そりゃ、いつかはそうなる。

芝生のあちこちを掘り返し、自転車置き場の裏を掘り、芝生の木の根元を掘り、見つからずに絶望した。大人にとっては70円なんてどうでもいいけど、わたしにとっては全財産なくしたのである。ビル・ゲイツが「4兆円落とした‥‥」と言うのと同じである。同じか?

半狂乱で芝生のあちこちを掘り返すわたしを心配して、近所のおばちゃんが声をかけてくれたが、それもほとんど耳に入っていなかった。なにせわたし4兆円なくしてますから。もう、気絶寸前である。ゲイツだって4兆円落とせばああなるよ。その日はそのまま絶望して寝たので、それからのことは何も憶えていない。ただ、今でもごくたまに夢に見ることがあるから、よほど悔しかったのだろう。

結局、その4兆円は今もあの芝生のどこかに埋まっているはずである。そんなことがあったので、わたしはちょっとター坊に同情してしまった。同じ全財産を失った者同士として。今度遊びに行くときはポテトを買って行こう。

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