玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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言わない人 小説「亡国のイージス」

芥川賞受賞の記者会見を見ました。面白かったです。

ちょっと過激な田中さんと、理知的で温和に見える円城さんという対照的なお二人で、久しぶりに受賞作を読んでみようかなと思いました。田中さんは携帯電話もPCも持ってないそうで、今はそういったものに触れないで生活するほうが難しいと思うのだけど、そういう人が書く小説とはどんなものだろうと興味があります。

友人に、田中さんのように携帯電話もPCも使わない人間がいます。彼も少し変わっている。わたしは彼にだけは年賀状を出すようにしています。メールアドレスはないし、他に連絡のとりようがないんですね。彼と会うときは、何日か前からFAXでやりとりをして集合場所や時間を決めます。電話で連絡をとれればいいのですが、基本的に電話には出ない人間なのである。なんて面倒な。

あれでよく生活できてるなと感心する。彼はとても無口で落ち着いている。彼と二人でいるときにわたしがしゃべらないとずっと黙っています。彼とは高校時代の友人です。何ヶ月か前に彼に会ったのだけど、そのときに彼が鉄道のことを話しだした。彼が自分から話し出すのはすごく珍しい。他の友人に、彼が自分から話し出したといっても信じてくれないかもしれない。ごくまれで特殊なケースである。

わたし:わざわざ九州新幹線乗ったって、鉄道が趣味だったんだ?

友人D:うん。

わ:なんで今まで言わないの?鉄道が趣味って。

D:いや、聞かれなかったから。

わ:ま、聞かないけどさ。突然「鉄道が趣味ですか?」って。

D:うん。

わ:いや、でもさー。「今、これに凝ってるんだけど」みたいなこと言わない?

D:凝ってるっていうほど詳しくないから。

わ:そうか。鉄道っていってもいろいろあると思うけど、どういう趣味なの?

D:主に乗るほうかな。

わ:乗り鉄ってやつね。けっこう乗ってるの?

D:全然。

わ:そうなんだ。どれぐらい乗ったら鉄道マニアの間では詳しいってことになるの?

D:詳しいって言う気なら、全部じゃない?

わ:なに全部って?

D:日本の路線全部。

わ:え?なにそういうレベル?Dはどれぐらい乗ってるの?

D:だいたい乗ってるけど全部は乗ってない。

わ:それってものすごく詳しいってことじゃない?

D:いや、そんなことはない。ただ乗ったっていうだけだし。音を聞いてなに線か正確にあてられないし。

わ:音って。あのガタンゴトンいう音?

D:そう。なに線ていうか、正確にはなんの車両かっていう話だけど。

わ:もうビックリ人間レベルじゃん。

D:いや、そんなことはない。わかる人はほぼ全部わかるんじゃないかなあ。

わ:すごいね。なんなの?JRなの?

D:いや、JRじゃない。JRというのは会社だ。

わ:真面目に否定されても‥‥。しかしだね、我々、高校一年の頃からの付き合いですね。

D:うん。

わ:ここまでくるのに20年ぐらいかかってるんだけど、鉄道マニアだっていっさい言わなかったね。

D:うん。

わ:なんで?

D:だから、聞かれなかったから。

わ:そうだけど。「あれ、そういえば鉄道マニアですか?」ってならないでしょ。

D:うん。

わ:それはそっちから、こう、小出しにしてもらわないと。

D:そうかなあ。

わ:べつに隠してるんじゃないんだよね?

D:うん。

わ:言わないだけなんだよね。

D:うん。

わ:言ってこう!これからはどんどん言ってこう!そういうの。20年たっちゃったけど。

D:うん。聞かれたら。

わ:聞かれたらか。あれ、ひょっとして他にも詳しいのあるんじゃないの?

D:ない。

わ:そうかあ?じゃあ、映画は?

D:映画は‥‥少し観る。

わ:そうなんだ。少しってどれぐらい?

D:年に、300本ぐらい。

わ:少しじゃないじゃん!かなり観てるほうでしょ、それ。

D:いや、淀川長治さんは一日二本以上観てたからね。

わ:そりゃ、仕事だからね。淀川長冶は。

D:淀川さんね。

わ:あ、はい。淀川さん。

D:そう。

わ:ものすごく尊敬してんのね。

D:いや、そんなでもない。

わ:他にも何か詳しいのあんの?

D:いや、これといってないんだけど。強いて言うなら‥‥。

わ:待って、待って。もう、なんか話すの怖いわー。

 

しかし、20年もよく言わないでいられたと感心する。彼の場合はずっと言わないでも平気なのだろう。コレクターには、コレクションを人に見せて自慢する人と、それをひっそりと自分で楽しむ人がいるというけれど、彼はそれでいえば後者のタイプである。わたしなど、すぐ「ねー、ねー、この話しってる?」と言いたがるから、つくづく軽薄である。

▼小説「亡国のイージス福井晴敏

久しぶりに軍事小説を読んだのですが面白かったです。海上自衛隊イージス艦を舞台にしたハリウッド映画のような壮大な話だった。そして熱い。

組織と、組織を構成する人の関係について考えさせられた。組織のために個人はどこまで犠牲になってよいものかという。組織は多くの人で構成されている。だが、そのために犠牲にならざるをえない個人も組織の一部である。それを考えれば、犠牲になってよい個人などいないことになる。

これは小説なので、そういった極限状況が頻出するが身近に置き換えてもこういうケースはあるように思う。会社の経営が苦しくてリストラしなければならない場合がそうである。でも、そういう方向に話をもってくと、全然楽しめないのでやめときます。

それと、人が動くときの理由が興味深かった。脅されたり、暴力を振るわれたり、お金をもらったり、もちろんそういうことでも動く。ただ、自分から動くときっていうのは、相手の熱意やひたむきさ、その人がいい人だとか、そんなことが多い。相手が頭がいいからやろうとか、権力があるからとか、そういうことではないように思う。

先任伍長の仙石、いそかぜ艦長の宮津工作員のヨンファなど、それぞれが多くの人を動かすのですが、なぜ動くのかという観点からみても面白いです。軍事用語や艦の構造など、いささか冗長と思える部分もあり、興味がない人にはつらいかもしれません。犯罪の動機、工作員の能力が突出しすぎてる、計画に無理(航空機爆破からの脱出)があるなど、いくつか欠点はあるかと思いますが、それでもとても引き込まれました。事件が起きるまでは少し退屈でしたが、途中からは読み進めるのが楽しくてワクワクできる作品でした。

組織のために個人が犠牲になることは避けがたいにしろ、それでも組織は個人を犠牲にしない方法を考え続けなければならない。そして、もしどうしても誰かが犠牲にならざるをえない場合、その組織は守る価値のあるものでなければならないと思いました。

長い小説ですが、お時間ある方は是非是非。お薦めです。 

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