▼前の会社の同僚Tさんと食事。Tさんは三十代半ばの女性である。わたしが仕事で困っていると、スラスラとプログラムを書いてくれて助けられたことが何度かある。所属部署が違ったから直接の上下関係はないものの、先輩であり半分上司のようなものである。お互いの近況を報告しあい、だらーっと飲んでいた。以前は仕事帰りにたまにこうした日があった。
Tさん:カップルの会話で女が風邪を引いたときにさ、男が、『俺にうつせばいいよ』とか言うじゃん。
わたし:あ~、昭和のドラマでありそうですね。
T:あのね、けっこういるよ。そういう男。
わ:そうですか?
T:わかってないわー。まあ、あんたに恋愛の話してもね。小学生の女の子に相談してるほうがマシだからね。
わ:そんなことないですよ。いや、もう、恋愛体質ですからね。合コン、合コン、お見合いパーティー、合コンの毎日ですから。
T:……、合コン行ったことないでしょ?
わ:ありますよ!もう、殿様ゲームとかやりまくりです。
T:王様じゃなくて?
わ:殿様です。『殿様だ~れだ?』『あ、ワシだ!えーと……、じゃあ、3番が切腹で4番が介錯!』で、おなじみの!
T:おなじみじゃないけどね。そんな、毎回死体でる合コンつらいわ。まあ、いまどき王様ゲームもないと思うけど。
わ:そうなんですか?
T:でさ、『俺にうつせよ』とかいう男がいるでしょ?
わ:はい。
T:あれさ、どう思う?
わ:そういう考え方もあることを理解しています。
T:英訳でもしてんの?
わ:いや、なんて言うか……、そういうことを言う気持ちもわかります。僕は言わないですけど。
T:うん。人にうつそうがどうしようが関係なくて、治る治らないは本人の体内の問題だからね。
わ:そうですね。もう一人にうつると買い物とかにも行ってもらえなくなるから、『俺にうつすな』が本当は正しいのかなあ。痛みを共有するとか、犠牲の精神みたいのに女の人が魅かれるんですかね。
T:うん。病気で心細くて、さらに一人暮らしでさみしいときに、『俺にうつせよ』って言われると、これがけっこう効くんだわー。
わ:そういうもんですか?
T:そうなのよ!これがねえ……、こういうこと言うのってたいてい駄目な男なんだけど、駄目な男と知りつつもはまっていくのよねえ。冷静なときならねえ……。
わ:わかってんなら、引っ掛からなきゃいいのに。
T:違うの!引っ掛かりたいの!
わ:え?
T:ふだんはそういうこと言わない男が、こっちが弱っている瞬間だけは本気で、『俺にうつせよ』ってバカみたいなことを言ってほしいの!でも、本当にバカな男は駄目なの!
わ:うわ、もう、どうすりゃいいんですか。面倒くさい。
T:そうなのよう!面倒くさいのよう!
わ:あ……、ひょっとして別れましたね、駄目な男と。
T:まあね。スッキリ、サッパリしたわ。
わ:でも、いったい男はどう振る舞えばいいんですかね。バカなことを言っても駄目だし、言わないと駄目だし。
T:それを考えるのが、おまえらの仕事だろー!
わ:そんな無茶な!
T:客が黒って言ったら、白も黒と言うのがおまえらの仕事じゃー!
わ:なにこのモンスタークレーマー。