玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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寝てないアピール

Becker’sというハンバーガーチェーン店がありまして、そこが好きでたまに行ってたんですが、中目黒店も三鷹店も閉店してしまったようで残念。ファーストフードの中で、もっとも美味しいと思うんだけどなあ。粗挽きグリルバーガーがお薦めです。

ハンバーガーを食べ損ねたので、近くにあった飲食店へ。

隣の席には、大学生ぐらいの男二人と女二人がいた。飲み会なのだろうか、あまり盛り上がっていなかった。男の一人がしきりに「昨日、二時間ぐらいしか寝てなくて」と、寝てないアピールをしていた。

あの寝てないアピールというのがよくわからない。なんで、寝てないアピールをしたがるのだろうか。「大変だね」と言ってほしいのかもしれないし、周囲に必要とされている自分をアピールしたいのかもしれない。わたしもやっていたような気がするので、もう本当に気をつけたいと思います。

この他に、忙しいアピール、不健康アピールがあり、寝てないアピールと合わせて日本三大アピールと呼んでいる。そんな寝てないアピールであるが、それをされたときによくあるのが欧米返しである。

「欧米では時間の管理ができないと能力が低いとみなされる。だから寝てないとか忙しいとかなんの自慢にもならない」というやつである。これに対しては「いや、欧米とか関係ないし。ここ日本だし」という日本返しがある。

この日本返しのあとがね、なんと言うべきか、ここ二,三年答えが出ずにいた。こんなもの出なくていいのである。どうでもいいのだ。中途でさえぎって良いなら便利な返し方がある。「昨日、二時間ぐらいしか寝てなくて」と言われたら「死んでないから大丈夫」で乗り切れる。ほぼ、これでいける。人生のあらゆる問題について、これでいけると言ってよい。ただし、精神論なので具体的な問題は何も解決しない。

話が逸れた。隣の席はうまくいかなかったのか、女性たちが帰ってしまい男性だけが取り残された。その場で、軽い反省会が開かれた。わたし、こういう反省会が大好物である。聞いているのがとても楽しい。不毛すぎて楽しい。

男の一人がしきりに「いや、眠くて、あんまり調子出なかったなあ」と眠さのせいにしていた。いいんです。それでいいんです。己のつまらなさを自覚するのはつらいから、眠くて調子がでなかったことにすれば自分のプライドも守られる。そうやって、わたしも生きてきたんだ。

これから巣立つヒナを見守る親鳥の心境であった。よく考えると気持ち悪い。親鳥はたしかにヒナを見守っているが、わたしは単に盗み聞きをしているだけ、という説があるからだ。

男が「いやあ、ほんと眠くて調子悪かったわー」とあんまり言い訳するので、そろそろもう片方が「欧米返し」もしくは「わかった、わかった」などと口にしそうな気配だった。だが、しかし、相手の男は大きく伸びをしてあくびをすると「俺も、寝てないんだわー」と言い出した。

よもやの「俺も俺も返し」である。その手があったか!

なるほど「欧米返し」は険悪になりがちだし、「わかった、わかった」といなすのも、しょうがないから顔を立てた感が残る。さりとてわたしの「死んでないから大丈夫返し」は心が無い。

しかし、「俺も寝てないんだわー」なら、相手を傷つけることもない。女の子が帰ってしまったのも、眠くて調子が悪かったせいだし、自分がつまらない人間だからではない。プライドも保たれる。そう考えると「俺も俺も返し」は、相手も自分も守れる百点の返し方ではないか。

でも、仮に眠くなかったとしても、やっぱり女の子は帰った気がする。なにせ話が面白くなかった。なんかね、女の子の目が死んでた。あ、これは寝るかなって思った。実は向こうのほうが二時間しか寝てなかったんじゃないか。