宿題
▼以前の同僚Sさんと久しぶりに食事。一緒に働いてないと意外と話すことがないのである。ちょっと緊張したりして。
思えばお互いのことを何も知らずに働いていた。Sさんは30代前半の男性で、身長も180ぐらいあり、すらっとしている。顔立ちもすっきりと整っている。さぞや、充実した学生時代を送ったのだろうなと想像していた。いろいろと学生時代のことを話してくれた。
S:そういえば、学生時代、あだ名とかなかったの?
わたし:ないねー。普通に苗字とか下の名前で呼ばれてたかなあ。小学校の頃、友だちで「ペヤング」って呼ばれてるヤツはいたけど。すごい天然パーマで。
S:子どもは残酷だなあ‥‥。
わ:Sさんは、あだ名あったの?
S:ないかなあ。
わ:ないかー。お互い平凡だねー。
S:あ、そういえば高校のとき「自動宿題マシーン」て呼ばれてた。
わ:なにそれ?
S:クラスにたくさん怖い人がいて、
わ:ヤンキーとか?
S:そうそう。
わ:宿題出ると、押し付けられたりしたんだ。
S:‥‥、いや、それがそーゆーわけでもないんだけど‥‥。
わ:あれ、違うの?
S:不良でMってヤツがいたんだけど、宿題が出るとMに「僕、英語得意だから、よかったらM君のもやっとこうか?」とか言う。
わ:なんだそれ!自分からって気持ち悪いわー。もう、媚び媚びじゃないですか!
S:違うよ!
わ:違わないだろ。
S:戦略なの!聞いて聞いて!うちの高校、けっこうヤンキーがいる高校で危ないヤツ多かったのよ。
わ:そうなの?いい大学出てるから進学校なのかと思った。
S:そこそこ荒れてたね。ヘルメット被って登校してくるヤツとかいて。
わ:バイクで通ってんの?
S:バイク通学は禁止なんだけど、いつケンカしてもいいようにって毎日ヘルメット被って来てんの。自転車で。
わ:あれ、模範的な小学生みたくなっちゃった。
S:いやあ、けっこう危ないヤツいたのよ。そういうのから身を守るために、
わ:自動宿題マシーンになったと。
S:そう!
わ:媚び媚びですね。
S:それは否定しない。
わ:まあ、いろいろあるよね。
S:そんでさー、宿題も最初はMだけだったのに、多いときには5人分ぐらいのノート預かってやってた。
わ:5人て、何教科もあればけっこうな量だね。
S:そう。家に持って帰ると重いから、その日のうちに学校で終わらせる。放課後に教室で一人残って宿題やってると担任がやってくんの。
わ:ふーん。そんなに大変だったら、担任に相談するってのもありだと思うけど。ちょっとイジメっぽいし。
S:いや、イジメじゃないね!戦略として率先してやってたから!
わ:それが逆にみっともないような‥‥。
S:でも、ちょっと担任に相談しようかなあとも思った。宿題押し付けられて困ってますみたいな。
わ:うん。
S:そしたら、担任が横に座って「先生も職員室いづらいから、おまえと一緒にここで仕事片付けちゃおうかなー」とか言い出して、仕事しだすんだよね。
わ:ダメ同士じゃん。ダメな人、集まっちゃったね。
S:ダメじゃないけどね。
わ:うん。こっちは戦略だからね。
S:うん。でさ、俺、成績良かったから優等生だと思われて担任がちょっと相談してくるんだよ。
わ:なにせ宿題五人分やってるからな。頭も良くなるわ。
S:うるさいよ。で、どういうふうに授業をしたらわかりやすいかとか、担任が他の先生と今一つ馴染めてないけどどうしたらいい?とか。
わ:クラスに馴染めてないヤツに相談されてもねえ。
S:そうそう‥‥、ほっといて!
わ:担任もあんまりアテにならないね。
S:でも、一応聞いてくれんだよ。「悩みないか?」とか。
わ:目の前で、五人分の宿題やってんでしょ?ノート広げて。
S:そうなんだよ!気づかないのな。「強いて言えば、おまえの観察力のなさが悩みだよ!」とか言いたいんだけど、まあ、そんなことも言えないわけで。
わ:へー。なんか、こう、けっこう苦労してんだね。パシリというか。下積みというか。
S:いや、パシリは別にいたから。
わ:別?
S:自動菓子パン購買マシーンがいた。
わ:分業制なんだ。
S:そう。
わ:そんな分業制いやだー。
そんな彼ですが、英語と数学を強制的に五回復習させられるという勉強法のおかげで、その後、難関大学に合格したそうです。ふーむ、いろいろ教訓に満ちた話を聞いたような、まったくそんなこともないような。とりあえず、彼に「戦略宿題バカ」というあだ名を付けたところ、けっこう本気で叩かれました。
暴力は美しくない。