玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

このブログの内容はすべてフィクションです

本能寺の変

▼誰しも自分だけのちょっとした遊びを持っていると思います。

わたしは小銭にランクを付けるというのをやっていた。自動販売機には、何度お金を入れても認識しないで戻ってくる小銭がある。100円玉を入れて、それが戻ってきたとき、その100円玉は足軽になります。回数に応じて足軽から侍大将、騎馬武者、軍師、大将などに出世します。そこからさらに生き残った者には、それぞれ名前を付けます。信長とか秀吉とか家康とか。それを見て一人ほくそ笑む。そういう気持ち悪い遊びをしている。

だから会社でわたしの引き出しを開けると、小銭は二箇所に置かれている。一つは、普段使うために無造作に名刺の箱に入れたもの、もう一つはやはり名刺の箱なのだけど、戦火をくぐり抜けた100円玉がランクに応じて並べてある。

わたしの隣の席のTさんは、小口現金の管理をしている。業者が集金などに来たときは彼女がお金を出す。ただ、小口で細かいのを持っていなかったときや両替したいとき、わたしの引き出しから小銭を使っていいと彼女には伝えている。ただし、信長や秀吉がいない箱から使ってほしいと説明してある。

お昼から戻ってくると、Tさんが駆け寄ってきた。

「ごめんなさい!さっきの集金で、間違って信長使っちゃいました!」

いやね、いいんですよ。本当に。あんなの遊びなんだから。そんなことで怒るわけがない。ただ、ほら、走ってきて「信長使っちゃいました!」とか大声でいうと、みんな何事かと思うでしょう。

案の定、人が集まってくる。仕事しない連中が。会社行ってご飯食べて家に帰るだけで給料もらってる連中が。いや、そんな言い方ひどいわ。まあ、皆さん、忙しいのに集まってきて「信長ってなに?」とかTさんに聞く。で、Tさんが丁寧に説明しだす。頼んでないのに。

「実は、しゅんさんが小銭に名前を付けてて、自動販売機にお金を入れてそれが戻ってきたら足軽でー、それで次に‥‥」

まてまてまてまて!

恥ずかしいからやめて!

信長を殺したことは許そう。人はあやまちを犯すもの。それはいい。だけど、みんなに説明するのはやめて!いや、もう、みんなの同情を装ったうすら笑いが嫌だ。君ら、仕事はいいのかね。そんなにのんびりしてて。この月給泥棒ども!わたしもか。

皆さんの侮蔑にも似た生温かい励ましを受けて、席に戻って引き出しを開けると、たしかに信長(100円玉)はいませんでした。あれー?よく見ると信玄も謙信もいないじゃん!島津も長蘇我部もいない。手塩にかけた武将たちが‥‥。Tさんに聞くと、「そっちもダメだったんですか?信長だけかと思ってた」と言う。

信長殺しだけでなく、群雄割拠の英雄たちがTさんの手によってみな討ち死にとは‥‥。なんなの?天下統一しちゃう気?と思ったけど、大人なのでそういうことは言わない。

「いや、大丈夫です。全然気にしてません!」と言いました。今考えると「全然気にしてません!」て、おまえものすごく気にしてるだろ、と思うけど。

本当にねえ、明智光秀怖いわー。今後、三日間はTさんのことを明智さんと呼び続けます。

イチゴパンツで 討ち死に 本能寺の変

(1582年)

そんな年号の暗記法を思い出した。

JUGEMテーマ:日記・一般