▼久しぶりに友人Aと会う。その近辺は適当な店がなく、以前に一度入ったことがある居酒屋にした。前に来たときは、二人でバイクの話をしていた。
友人A:最近、何乗ってんの?
わたし:月光。
A:月光はいいよなー。加速がスムーズで。
わ:最高速はあんまり出ないけど、立ち上がりの静かさがいいなあ。あと、クラッチを切り替えるときのカクンて感じが楽しい。
A:わかる!あれはクセになる。
わ:そっちは今、何に乗ってんの?
A:スサノオ。
わ:スサノオかー。あれ、パワーはありそうだけどうるさそうだなあ。
A:こう、腕の下でバリバリ暴れる感じがいいんだよ。
わ:わかるわー!
などと。
バイクに詳しい人はおわかりかと思いますが、そんなバイクはない。いつからやり始めたか忘れたが、架空のバイクを創り出して、さもそれに乗ってるかのように話す遊びをやっている。なんでそんなことをやっているか、まったくわからない。ただ、なんとなくやっていたのである。もちろん、Aもわたしもバイクの免許はない。自転車である。腕の下でバリバリいうどころか、チリンチリンいってる。
A:次はYSサンタマリアにしようかと思ってんだよ。多少軽いけど。
わ:そうな。どんな道でも走れそうな感じがする。
そんな会話をしていたら、40歳ぐらいの男性が話しかけてきた。
「バイク、好きなんですか?」
いかんと思いましたね。これは、いかんだろうと。皮ジャンに皮パンといういでたち、どっからどう見ても本物のバイク乗りである。これで自転車乗ってたら詐欺である。Aは急に立ち上がって、トイレに行ってしまった。なんてやつだ。スサノオを乗りこなす荒くれ男なのに。そういう設定なのに。まあ、あの人、実際にはマウスより重い物持ったことなさそうだけど。
皮ジャンの男性は、わたしに断ると、横に座りバイクの話を始めた。職場でも周りにバイクの話をできる人間がおらず、さびしい思いをしていたそうである。いやー、どーなんでしょー、なにせ我々は陸サーファーというか、陸バイク乗りというか、ただのウソつきというか、いや、だまそうとはしてないんだけども。
「さっき、YSサンタマリアとかって言ってましたよね?」
あれはねー、たぶんAのやつがユースケ・サンタマリアをちょっと変えて言っただけだと思うんですよ。まいったなー。あいつ、いつまでトイレ行ってんだ!10分ぐらい経っても、戻ってこない。どうやら逃げたようである。わたしも適当なところで話を打ち切ろうと思うのだけど、彼の話が途切れない。
「そういえば、何乗っているんですか?」
もう、これは謝ろうと思いました。ただ、架空のバイクを創り出して、さも乗っているかのような遊びをしていたと説明するのが恥ずかしい。完全に頭おかしい。どう説明したらいいか考えたら具合悪くなる。いや、いっそ気絶して病院に運ばれたい。仕事でもこんなに困ったことはない。
「実はですね‥‥」と、この状況について説明しだした。彼は、あきれたり、バカにしたりする様子もなく聞いていた。実に包容力のある対応である。
「でも、乗りたいバイクは何かあるんでしょ?」
乗りたいバイクというか、本当に知らないのである。さすがにまったく知らないというのは言いづらい。三文字のアルファベットならバイクっぽい。NSRとか、NXRとか、なんか聞いたことあるような。しかし、MSXは家庭用ゲーム機だし、WARはプロレス団体であるからして、適当に三文字言えば当たるかどうかは怪しい。あと、カブは知っている。配達に使うやつだが、あれは原付だから何か違う。そういえば高校時代の友人がカタナといっていた。その記憶を頼りに、恐る恐るカタナと言ってみた。
「俺も、昔乗ってたよ」
正解!カタナ大正解!いや、喜んでる場合でもないんだけど。
それから、彼は多少専門的なバイクの話をわかりやすく話してくれた。何かを本当に好きな人の話というのは、聞いていると楽しいものである。友人Aは戻ってこなかった。きっと、スサノオがレッカー移動されるのが心配で帰ってしまったのだろう。おまえが戻ってこなかったことは忘れない。
そんなことがあった。
▼そういったやや複雑な想い出がある店である。席に着いたAが口を開いた。
「最近、何乗ってんの?」
懲りないなあ。
「カタナだよ。GSX400S」
と、なればかっこういいものの、自転車なんだよねー!現実は、そううまくいかないんだよねー!自転車で田舎道を疾走してます。カタナ気分で。