玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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プリン

▼パズルのピースがあるとします。子どもの頃は、そのピースを構成する粘土が固まりきってなくて柔軟に形が変わる。だから、どんないびつな形にもすんなりとはまっていた。今は、ピースそのものも硬くなっているし、形もいびつになっている。なんかもう四国みたいになってる。これはどこにはまるのか、瀬戸内海以外にはまる場所がない。

そこそこ生きていると、それなりにこだわりや価値観がでてきたりして、それがこのピースのいびつさの原因なのだろう。人に対しても物に対しても相容れないものが多くなる。新しいことへの興味も薄くなる。その症状が進めば、視野が狭くなるだろう。歳をとると、この素材を柔らかくする方法が難しい。

わたしの祖母はここらへんがけっこう柔軟だった。自分の形を保ちつつもいろんな物を受け入れる柔らかさは、どうやって獲得したのだろう。やはり年齢なのだろうか。徐々にこだわりから解き放たれ、なんだかもうどうでもよくなってくるのか。こだわりを保持しつつ、ときに柔らかく、なんていうんでしょ、グミとかスライムとかゲル状のものになりたいと思ったわけです。

新入社員の茶柱くんが目標シートみたいなのを書かされていた。

「あの『5年後の自分』てとこ、なんて書けばいいんですか」

「えー、そんなん聞かれてもなあ。というか、誰も真面目に読まないよ。もらった瞬間、その紙でツル折りだすから」

「ひどい‥‥。真面目にお願いします」

「今、23だっけ?じゃあ、5年たったら『28になりたいです!オス!』とか書いて、リーダーに怒られてほしい。南の島に左遷されてほしい」

「いや、もういいです。じゃあ、しゅんさんだったらどう書きます?」

「自分だったら、そうねえ。真面目に考えると‥‥」

「考えると?」

「プリンになりたい!」

「え?バカなんですか?」

「いや、本当にね!こう、なんていうの?ゲル状のものになりたいよね」

「好きな物とか聞いてないですよ」

「だから、プリンになりたいんだってば!」

「はあ。じゃあ、もうプリン屋でもなんでもやってくださいよ」

「プリン屋じゃないの!プリンだってば!」

「はいはい」

「あ~、なにその年寄りをなだめる感じ。そーゆーのよくないわー」

「すみません。プリンさん」

「誰がプリンさんだ。プリンをバカにしてるな。ずーっと食べさせるよ。お椀の中のプリンがなくなった瞬間に次のプリンを入れる。タイミングよく蓋を閉めないと、ずっとプリンを入れ続けるよ」

「わんこプリン屋オープンしたら行くんで、呼んでください」

「だから、プリン屋じゃなくてプリンになりたいんだけど」

「はいはい」

もう、茶柱くんは相手にしてくれなかった。真面目に答えたのに。本当にプリン的なものになりたいのに。メーカーはグリコでお願いします。