▼東京人としての心得
先日、何年かぶりの積雪。
久しぶりの「ぎゅっ、ぎゅっ」という雪を踏みしめる感触に心躍る。
でも、翌日にはわずかに路傍に残る程度。わざわざ道の端に寄って「ぎゅっ、ぎゅっ」とやってきた。
正しい東京人としては、このわずかな雪で滑って転んで救急車を呼ぶというパターンがあるものの、未だ実現できず。
できずで、よい。
▼行政書士講座
またしても怒涛の三時間であった。一講座三時間というのは長すぎやしませんか。ねえ。
この講座の先生がちょっと癖がある。
司法試験を失敗して行政書士を取ったからなのか、司法試験合格者へのコンプレックスが強い。
口癖のように「こんな簡単な問題は司法試験には出ない」とか「行政書士試験だから、この程度で大丈夫」と言う。
ここは行政書士講座なんだから、いいんじゃないかと思うけども。
授業中、長所と短所について考えていた。
この先生が、司法試験への未練をタラタラ言うのはよくないことかもしれない。ただ、その未練がましさ、しつこさがあったおかげで、何年も熱心に法律を勉強し続けてこれたということも考えられる。
そうやって勉強してきたから行政書士に受かり、今、僕が教えていただけているわけである。
だとすれば、未練の上の愚痴も受け入れなければならないのかもしれない。
そう考えると長所・短所は表裏一体に思える。
長所、短所というか、心の中に持っているエネルギーをどう吐き出すかということだろうか。
それが良いほうに発現すれば長所、悪いほうに発現すれば短所というか。
例えば「粘り強い」という特徴を持っていて、それが良いほうに発揮され、努力し続けて事業に成功するとか、悪いほうに発揮され、ストーカーになってしまうとか。
昼があれば夜があるし、それはきっと切り離せずにどう心をコントロールしていくかということだろう。
なので、最近は苦手な人と会ったときにはその人の長所を探すことにしている。
すると、やはり長所と短所は深く関連しているように感じる。
だから、その長所を思い浮かべ短所を許容する気にもなる。
そういったことをボーっと思いつつ、財政投融資のところを聞き逃した。
で、ふと先生の言葉が耳に入る。
「行政書士レベルじゃ、この程度で大丈夫です」とまたしても言うので、まあ、その短所というのは長所と密接にですね、と大人の対応をするかと思いきや内心「うるさいわー!未練あるなら司法試験もう一回受験しろやー!」と思いました。
気が短いのである。そういう未練は自分の中で消化するように。
そこんとこよろしく。