玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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スーパーバイト君

▼何もしなくても汗ばむ暑さ。どうせ汗をかくならと、せっかくなので隅々まで掃除機をかける。完全に汗だくとなりシャワーを浴びた。今年は猛暑になるかもしれない。

 

10月末に始まるといわれて準備をしていた仕事、「あの~、なんでかわからないんですが今日始まってました」とのこと。システムの雛型は既にあり、今はデータがないので、前回使用したものをデモデータとして入れてあると伝えていた。当然実際のデータとは食い違う。デモだって、あれほどいってたのに。やっぱり担当者のおでこに「デモ」ってタトゥー彫らないと駄目だったか。話を聞いてない感じはしたのだ。各所から圧力が加わって、もはや引き返すことはできないらしい。是非もなし。

 

お世話になっている会社に行き、いらんことをした担当者を火あぶりした後、今後の対応について協議する。何万件かのデータをデータベースに登録する必要がある。技術に依頼してデータを流し込むツールを作ってもらっても、二日はかかる。また、技術側はきっちりとした管理画面をいずれ作ることが決まっているのに、データを入れるツールを作るのは二度手間だという。確かに。管理画面ができれば、急場しのぎで作った流し込みツールは必要なくなるのだ。

 

ということで、手動で誰かがせっせと何万件のデータを加工して入れることが決定した。私の所に業務が降ってきたが、手が塞がっている。データの仕様は渡すので、誰か他の人に頼んでほしいというと、ゴリラ部長が「すごい奴がいる」といいだした。先日、採用した二十代の男性でワード、エクセル、パワポ、アクセスはもちろんのこと、フォトショップやイラストレーターも使え、WordPressでサイトも作れるし、さらに今はAIも勉強中というバイトを採用したのだとか。スーパーバイト君ではないか。なんと時給1000円で。何か弱みでも握られているのか。普通に雇えば月30万はかかりそうだけど。

 

「とにかくさ、あの子が来れば大丈夫だから。もうすごいんだから! おまえは指示出すだけで寝てていいから」といわれる。作業量は多く面倒かもしれないが、エクセルが使えれば対応できるように思えた。スーパーバイトのS君は全身からできるオーラを放ち「僕は何をやればいいですか?」と、爽やかな笑顔を浮かべた。後光がさして見えます。これじゃよおおお、私が求めていたのはこういう人材だったのだ。「狙っている男が飲み会にくるから残業したくない」だの「オンラインゲームのイベントが始まる日なので帰ります」だの、君らそんなんばっかじゃんかあ! 「僕は何をやればいいですか?」ですって! ステキ! S君は自分の後光がまぶしすぎて嫌になることはないのでしょうか。

 

S君に欲しいデータの形式を説明し、ソフトはPCに入っているからエクセルでもアクセスでもPostgresでも好きなのを使って、データはcsvでくれればいいというと、今一つ反応が鈍い。「ちょっとやってみます‥‥」と、さっきと別人のような足取りでPCへと向かった。

 

私はエクセルを勧めたのだが、彼はエクセルを開かずに対話型AIであるChatGPTを開き、自分のIDを使ってログインした。ChatGPTを使いこんでいる人は、プログラムもChatGPTに書かせてしまうというのを聞いていた。具体的にどうやってChatGPTに仕様を伝えて書かせるのか、見たことはなかった。できる人はこうやって仕事をするのかと感心する。彼は軽やかなキータッチでChatGPTに命令した。

 

「エクセルの使い方 小学生でもわかるように教えて」

 

私は気絶しかけた。ど素人やないかーい! あまりのことに言葉を失い、なんだか体調がおかしくなって鼻血が出そうになっった。納期は明日といわれている。とりあえず「あの子がくれば大丈夫だから。もうすごいんだから!」といったゴリラ部長をハリツケにした後、いろいろ考える。Sくんにエクセルの経験を訊くと、学校の授業で開いたことがあるといわれた。他のMS、Adobe製品などもほとんど使ったことがないという。面接のときは「ひととおり、使えると思います」で通ってしまったらしい。すごい度胸だな、オイ。エンジニアは資格を持ってなくてバリバリ仕事をしている人が当たり前にいるので「できます」といえば通るかもしれない。とはいえ、ちょっと話せばわかりそうなもんだけど。

 

ハリウッド俳優などで役ほしさに「馬に乗れます!」と嘘をついてしまい、撮影日まで必死に練習したという後日談が語られることがある。終わってみればそんな無茶は微笑ましいエピソードになるし、俳優の魅力にもなる。などといってられるのは遠い所にいるからで、自分の目の前に明日納期なのに「エクセルは開いたことはあります」という人が来ると、心中穏やかではいられないな。だが、不思議とS君への怒りはなく「すごい度胸だね。怖くなかった?」などと訊いてしまった。「全然怖くなかったですし、入っちゃえばなんとかなるかな~と思って」。

 

ならんけどな。とりあえず私の徹夜は決定した。エナジードリンクで夜に備える。

 

 

この画像、保存して何度も見てしまうな。

 

 

 

▼映画の感想『恋するナポリタン~世界で一番おいしい愛され方~』を書きました。あまりにぶっ飛んだラブコメだったので、感想どころかほぼ全部あらすじを書いてしまった。これはとんでもない作品だった。とんでもなさすぎて、監督は二作目を撮らせてもらえなかったのかも。感想はとても長くなりましたが是非是非読んでほしいです。これほどの珍作はないので、冒頭で切らずに是非観ていただきたい作品。