玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

このブログの内容はすべてフィクションです

初秋

▼あまり天気がパッとしない四連休。雨が降ったりやんだりだった。

 

ツバメが低く飛ぶと雨が降るといいますが、あれは湿度が高いと昆虫の体に水滴がつくからだそうで、昆虫は身が軽いため大きな影響を受けてしまい高く飛べなくなる。昆虫が低く飛ぶことにより、昆虫をエサにするツバメも自然と低く飛ぶことになるとか。低気圧が近づくと空気中の湿度が高くなり、雨が近いと予測される。自然の様子から天気を予測することを観天望気(かんてんぼうき)や天気俚諺(てんきりげん)といいます。技術に頼りすぎると、自然への観察や感覚も衰えていくのかもしれませんね。どしたの急に。朝のコラムみたいなこと書いて。

 

以前、旅番組をみたときのこと。漁師が空をにらみ「一雨きそうだな」とつぶやいた。レポーターが「漁師の勘ですか?」と訊いたら「天気予報をみたんだよ」と言った。この話、前にも書いたな。おじいちゃんだから気に入ったやりとりは何度でも書く。

 

 

 

▼チリコンカンを作る。ひき肉、玉葱、豆などをトマトソースで煮込んだもの。コトコトすると魔女のようで楽しいな。ほほほ。どうしてもカレーのような味になってしまう。ご飯にかけて食べた。完全にカレーだった。新しいレシピがなかなか増えない。何か習いにいったほうがよいのだろうか。

 

 

 

▼コロナ終息を願い、北野天満宮天台宗延暦寺が合同で営む北野御霊会(きたのごりょうえ)が行われたというニュースをみる(京都新聞)。

 

神道と仏教という宗教を越えた神仏習合の祭典で、1868年の神仏分離があってから初めてのことらしい。何で読んだか忘れてしまったが「宗教は入り口は違うが出口は一緒」という言葉がある。宗教は違っても、魂の安息だとか人々の幸せを願う目的に変わりはないということなのだろう。ときどき、神様は一人(という言い方はおかしいのかも)なのではないかと思う。その一人の神様をそれぞれの宗教がべつべつに祀っているだけで、本当は同じものなのでは。だとしたら宗教対立とは滑稽で虚しいものだと思う。

 

珍しく気持ちが沈んでいるのかな。なんでだろう。曇り空が多いとか、レシピがまんねりだとか、腰痛が長引いているとか、水道の水漏れが面倒だとか、そういうことが重なっているのかな。いつもテンションが高ければ、それもどうかしているわけで、じゃあ、たまに沈んでいるぐらいがちょうどよいのかしら。しばらく沈んでおこ。

 

 

 

▼イギリスのドラマ『コール・ザ・ミッドワイフ ロンドン助産婦物語』のシーズン4を観終えてしまった。ぐおおおお。この先、何を楽しみにいきれば。おおげさ。シーズン3を最後にこれまで物語を引っ張った主役のジェニーが卒業したが、代わりに入ったキャラはジェニーに比べるとちょっと弱い。難しいもの。過渡期のシーズンといえましょう。とはいえ物語は堅実で魅力がある。シーズン4はこれから盛り上がってシーズン5に突入するところで終わってしまった。

 

魔法使いの嫁』というファンタジーアニメを観始めた。まだよくわからないものの、魔法使いがやたらに嫁の頭をポンポンする。頭ポンポン描写をみると「作者は女だな」と思います。男が理解できないものの一つに頭ポンポン描写があるような。それほどいいのだろうか、あれは。周りの女の人にあれをどう思うか聞いて回っているが、返事はいつも「は?」である。間の抜けた顔して。やる気がないのか、君らは。私の質問のしかたが悪いのだろうか。頭ポンポン描写の謎は深まるばかり。また内容のない日記を書いてしまった。