玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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一番上の伯父のこと

▼わけありリンゴを買ったら美味しかった。ほほほ。大きさも程よく、まったく傷んでもいない。わけあり部分がまったくわからない気味の悪さ。何か深刻なわけが潜んでいるのだろうか。食べるとペンギンにしか欲情しなくなるとか。マニアックな性癖。震えている。でも美味し。

 

 

 

▼一番上の伯父が亡くなった。いくつかわからないが90歳は超えている。前日までは特に問題なく過ごしていて、翌朝、息をしていなかったという。「性格が悪いから、あの世を出禁になっているのでは」と思っていたが、そんなことはなかった。亡くなってみると、あっけないもの。過去のブログを見ると7月17日に伯父が老人ホームに移ったと書かれている。あと伯父の悪口しか書いてない。それからわずか2カ月で亡くなってしまった。伯父のことはよく知らないが、本がとても好きな人だったことだけは憶えている。

 

家には立派な本棚がいくつもあった。白内障で目が悪くなってからも熱心に本を読んでいた。白内障は手術をすれば改善することが多いが、周りの忠告などいっさい聞かない人だった。本を床に置き、背を丸め、目がくっつくほどの近さで虫メガネで読んでいた。何か奇妙な虫のようだった。それが伯父についての最後の記憶。他にもっといいこと書けよと思いますけど。親戚に聞いても一切いい話がないのだった。

 

伯父から与えられた教訓は、本を読んでも少しも立派な人間にならないということだった。あらゆる人間関係がこじれ、妻である伯母としか付き合いがない。子供とも絶縁状態になり、兄弟とも不仲、近所の人間とも話さない。物語には立派で魅力的な人物がたくさん出てくる。でも、自己の性格にはその影響はまったく還元されないのかなと思った。もっとも、伯父が何を読んでいたのかはわからない。物語ではなかったのかもしれないけど。

 

なぜ本を読むのかは人それぞれで、私は面白いからというのもあるけど研鑽のためというのもあった。どうしようもない人間だけど、少しでもマシな人間になって死んでいきたいという。伯父はなんのために読んでいたのだろう。ほとんど人間関係がなく本に逃避したのかもしれないが、純粋に本が面白かったからかもしれない。自分なりの楽しみを見つけていたなら、すばらしいこと。何かのためという目的で読むのはせせこましい。ただ面白いというのが一番いい。何をそんなに熱心に読んでいるの、何が面白いのと訊いておけばよかった。そうしたら、ごく普通に話せたのかもしれない。さようならと書けば、さびしいもの。さようなら。さようなら。