玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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筋肉と無口

▼散歩。朱色の曼珠沙華が咲いていた。こんなに鮮やかでも毒がある。毒がある植物を見ているとなにかドキドキする。危険ならばそれを忌避するのが本当のはずなのに、なぜかちょっと心惹かれることすらある。これはあれか、不良少年に惹かれる少女の心境なのだろうか。全然違う気がします。

 

▼仕事を請けている会社へ。手が足りないので一人、アルバイトをつけてもらうことに。会議室で待っていると二十歳ぐらいの男二人が入ってきた。彼らのうちどちらかに手伝ってもらうことになる。二人は友人同士のようだった。一人は、半袖から見える腕が筋肉ムキムキでよくしゃべる。もう一人は無口で背が高い。

 

わたしもバイトだと思ったのか、筋肉君のほうが「ここのバイト、前にもやったんですけどチョロいから余裕っすよ」と声を掛けてくれる。「そうなんですか」と乗ってしまう。会社の担当者が来るまで二人が話すのを聞いていた。

 

筋肉君のほうは見た目通り筋肉をつけるのが趣味のようだった。いかに良質の筋肉をつけるかという筋肉談義に花を咲かせていた。唐揚げやトンカツも衣を外して食べるという。無口君が「外した衣どうすんの?」と訊くと「うん。妹にやる」と答えていた。残飯処理係と化したかわいそうな妹よ。

 

さらにゆで卵も黄身はコレステロールが高いので、白身だけを食べて黄身は妹にやるという徹底ぶりだった。話を聞いていると妹がブクブク太りそうな気がするんだけども。筋肉君は「あいつは豚だから大丈夫。『衣うまいブー』っていってるから」という。ひどい兄であるよ。

 

無口君のほうは、妹を豚であるという筋肉君をたしなめるかと思いきや「あ、そうなんだ」と気にしない。流すというのもちょっと怖い。うーん、この二人、どちらを選ぶべきか迷う。

 

無口君はカバンからチョコを取り出して一つを口に放り込んだ。筋肉君に「食べる?」と訊くと、筋肉君は「あざーす」と喜んでチョコをもらっていた。おまえ、卵の黄身を妹にやるぐらいストイックなのにチョコは食べるのか。ところが筋肉君はチョコの包みをなかなか開けない。これはひょっとしてチョコを持って帰って妹にやるという、妹想いの筋肉なのか。あれ、実はいい筋肉なのかなと思ったら、筋肉君は「俺、左側の歯が痛いんだよね。右だけで食べよ」と顔を傾けてチョコを食べだした。結局、食うんかいという。いい筋肉ではなくて、歯が痛い筋肉なのだった。

 

さてどちらに仕事を手伝ってもらうのがいいのか。いっそ「衣うまいブー」という豚みたいな妹かな。兄が捨てる衣を引き受けるあたり、一番性格が良さそう。どうでもいい話を長々と書いた。