中日ドラゴンズという入れ物は残っても、中身はまったく別の物になっている。これ去年も書いたような。おじいちゃんですからね。
わたしが自分で組み立てたPCがあったとして、そのPCを山田一号と名づけたとする。山田一号は老朽化し、パーツを交換してだましだまし使っていくうちにすべてのパーツが入れ替わってしまった。まったく別物になってしまっても、山田一号は山田一号と言えるのだろうか。中日は中日と言えるのか。
この問題を「山田のパソコン」と名づけたい。でも、この手の話は古くからあって「テセウスの船」「ヘラクレイトスの川」「ジョン=ロックの靴下」などいろいろある。じゃあ、べつに山田のパソコンはいらんのじゃないか。ヤマダ電機で売ってるパソコンみたいだし。
やはり重要なのはアイデンティティということかしら。そのものをそのものたらしめているものは何かという。コーラの瓶にトマトジュースが入っていたら、それはやはりコーラではなくトマトジュースなのだし。なんの話でしたっけ。たとえすぎてわからなくなった。
▼野球選手の話といえば、元ヤクルトの石井一久投手の本「ゆるキャラのすすめ。」を読んだ。
表紙からしてもうやる気がない雰囲気で、ちょっと読む気もなくなってくるような。しかし、野球選手の本はとりあえず読むことに決めてある。
ふつうの野球本というのは、その選手の現役時代の名試合を振り返っていることが多い。なぜあの場面でそういう決断をしたとか、監督ならばなぜあの采配をしたかなどである。この本はそういうことはあまり書いてないんですね。
試合についても一応ちょろっと書いてありますが、もっと汎用性のある考え方、処世術のようなことが中心だった。一見、何を考えているかわかりにくい石井選手ですが、何も考えていないわけではなくて独自のルールに則って行動している。
1997年9月2日の横浜ベイスターズ戦。先発の石井投手は8回終了時までノーヒットノーランを継続していた。これは一本のヒットも打たれてないということで、投手にとっての大記録ですが、石井投手は8回終了時に野村監督に投手交代を申し出る。大記録がかかっているのに交代なんてとんでもないと野村監督から怒られてしまう。
これだけ聞くと、本当に何を考えているかわからないのですが、石井さんの本には理由が書いてある。前年に左肩を手術し、一試合100球ぐらいと医師から助言されていたとある。無理をしてノーヒットノーランをやり、その後肩の調子を悪くしてチームに迷惑をかけるより、ここで交代したほうがより長くチームに貢献できると考えたそうである。
読めば納得する話なのだ。面白いのは、こういう理屈を石井選手はまったく説明しない。説明しないでニヤニヤしている感じがある。そこが実に石井選手らしいというか。自分が一見奇妙な振る舞いをして、相手がどういう反応をするか測っているところがある。意地が悪いともいえるし、単に変な人かもしれんけど。なにかユーモラスでおかしみがある。
「ゆるキャラ」と評されるようですが、石井選手の考え方は一度は必ず常識を疑ってみる、確実な物の上に確実な物を積み重ねていくという考え方からできており、けしてゆるくはない。反対に、慎重で堅固という印象でした。読む前と読んだ後でこれだけ印象が変わる人は珍しかったです。意外かもしれませんが、森博嗣に似ている感じがある。興味深い本でした。
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