玉川上水日記

このブログの内容はすべてフィクションです

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けもの道

▼友人夫婦の家を訪ねる。友人夫婦の家の近くには頭の高さぐらいまでの植え込みがある。夏には蜂が多く出るので近づきたくない。今の時期は乾燥して丸まった枯れ葉が枝にしがみついている。植え込みから黄色い塊が見えたと思うと、友人夫婦の子ター坊(小学校4年)が現れた。わたしを見つけると「お」と言った。

ター坊は植え込みをガサガサと掻き分けて出てくると、ダウンジャケットについた枯れ葉を払いながら疲れたようにつぶやいた。
「なかなかの長旅でした‥‥」
「何やってんの?」
「けもの道」
「けもの道って何?」
そんなことも知らないのか、と呆れたような顔をする。
「けもの道っていうのは、動物の通り道のことでしょ」
「いや、それはわかってるけど」
「今、けもの道してたところ」
「ふーん‥‥。そりゃ、また変わったことをねえ‥‥」
「したい?けもの道?」
「え?」
「したいんなら付き合ってあげるけど」
「はあ‥‥、まあ‥‥、そうねえ。じゃあ、してみようかなあ‥‥」
「『してみようかなあ』じゃなくて『お願いします』でしょ!」
「え、なに、その上下関係発生するかんじ」
「したくないの?けもの道」
「えー、そうだねえ。じゃあ‥‥、お願いします、けもの道先輩」
「ついてきなさい」

そう言うとター坊は、たった今出てきた植え込みを掻き分け、中に入っていく。

「ちょっとー!こんなヤブの中、入ってくの?」
振り返って不満そうにわたしを見る。
「しゅんくん(わたしのこと)が、けもの道したいって言ったんでしょ!」
それだけ言うと、ずんずん進んでいく。ター坊が掻き分けた道が塞がらないように、慌てて後を追う。手や顔をすりむきそうだ。しかし、このけもの道という遊びはなんなのだろうか。5,6メートルも植え込みを歩くと、雑木林に抜けた。

ター坊は体についた枯れ葉を払っている。黄色のダウンジャケットに穴が開いていた。
「こんな遊び、学校で流行ってるの?」
「何が?」
「けもの道」
「流行ってないよ。まだ二回しかやってないんだから」

おまえ、今さっきまで、けもの道歴三十年みたいな雰囲気を出していただろう。聞けば、授業中に「けもの道」のことを学び、なんとなくやってみただけらしい。帰りは、植え込みを迂回してふつうの道を歩いて帰った。もう、けもの道ブームは去った。痛いし。

ター坊の家にお邪魔した。ター坊母が、ター坊が着ていたダウンジャケットの破れを見つけた。穴が開いて白い羽根が出ている。
「ちょっと!これどうしたの?」
ター坊が肩の破れを隠しつつ決まり悪そうに言った。
「しゅんくんが、けもの道やりたいって言うから‥‥」

なんだ、おまえ、わたしがけもの道をやりたがったみたいに!というか、けもの道をやるってなんだよ。わたしは渋々、お付き合いでやったんですよ。言わば、接待けもの道である。
「えー、しゅんくんが『お願いします』って言うから行ったのにー」

おまえ、どんどんずるくなるね。将来はオレオレ詐欺をやるね。間違いない。これが成長ということなのかしら。
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