玉川上水日記

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映画「この自由な世界で」

この自由な世界で
2007年 / イギリス / 監督:ケン・ローチ / 社会問題をとりあげた作品

【あらすじ】
セクハラされて頭にきたので水をぶっかけたら会社クビになりました。「キーッ!なら自分で会社作ってやる!」というお話。重苦しいです。

【感想】 一部ネタばれしてます。
主人公のアンジーというのは勝気で仕事ができて、わたしたちの周りにもいるごくふつうの女性に見える。シングルマザーで両親に子供を預かってもらっており、お金を作ってなんとか子供と一緒に暮らしたいという当たり前の希望を持っている。

彼女はそのために自分で派遣会社を作ることを決意する。今までは簡単にクビを切られて使い捨てにされてきたけど、もうそんなのはご免だという。だから会社を作った当初のアンジーは弱者の側からの起業に見えた。そんな彼女だから、やむを得ない事情でイランを追われた不法移民の家族を見捨てられずに助けたのだろう。

会社を起こしてしばらくはそれなりに遵法意識もあった彼女だが、搾取される側からする側に変わり、あれよあれよという間に一線を越えていく。この坂道を転がるようなモラルの悪化はリアリティがあった。本当に「ごく自然に」という感じなのである。

不法移民は強制送還におびえているから従順に働くという言葉を聞いて、アンジーは弱者の弱味につけこむ人間になってしまう。それはかつての彼女の雇い主たちが彼女にしたことと同じかもしれない。

儲けるために手段を選ばなくなったアンジーに対し、共同経営者だった友人ローズはついていけなくなり彼女と袂をわかつ。なぜ彼女はここまで変わってしまったのだろう。だが監督のケン・ローチは彼女を単純な悪として扱っているようには見えない。

移民問題、貧困問題、モラルの低下という個人ではいかんともしがたい問題を扱っており、それを魔法のように解決する方法などないだろう。だが、そんな中でも生活をしていかなければならない。だからこそ「この自由な世界で」あなたはどう振る舞うのかと、ケン・ローチは観客に投げかけているように思える。

自由な世界なのだから自由に儲ければいいと思ったアンジー。儲けることには賛成だったがアンジーのやり方には愛想を尽かしたローズ、貧乏でも暮らしていくだけのお金があればいいと言ったアンジーの父親。観る者がどう振る舞うべきか、問われている。

世界的な不況でどこの国民も感じている閉塞感は似たり寄ったりなのかもしれない。これはイギリス映画だけど、どこの国の人間が観ても共感するところがありそう。

ポーランドからの移民労働者が「お金がすべてではないよ」と、アンジーの謝礼を断るシーンがある。安定した収入があるのならともかく、生活が苦しく日雇いで職も定まらない中で、自分ならばああいった振る舞いができるだろうかと考えさせられた。

たまにはこういう苦しい映画もいいんじゃないでしょうか。ケン・ローチ監督の映画は苦しいねえ。苦しいんだけど、そこに希望がないかといえばそういうこともない。構造は変えられなくても、正しい振る舞いをすることはできる。多くの人が正しい振る舞いをすれば、やがて構造が変わるかもしれない。まあ、先の長い話だけども。

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