村上春樹ゲーム
N氏:やあ、こんなふうにスカイプをするなんて久しぶりだね。
もし時間があるなら、この前に君が言っていた遊び「村上春樹ゲーム」をやらないかと思ってね。どうだろうか。
わたし:これから外出しようかと考えていたんだ。すごく大事な用事があってね。だが、君の文章を読む限り、わたしにはすでにそのゲームが始まっているように思えた。
「いいだろう」
わたしはそう返事を書いたものの、なにも考えつかなかった。まあ、いいさ。そのうちに何か考えつくさ。
N:さて、君がツイッターをやっていたなら、いや、もうこの世界のどこかで君はそれを始めているのかもしれない。
とにかく、それをやっていたならこの発言がタイムライン上に並ぶことになり、それはスカイプなんてものよりとても見やすいんじゃないか。
そして、より多くの人にこのゲームに参加してもらえる。
わ:なるほどたしかにそうだろう。
わたしは君になんと詫びればいいのか。サンドウィッチを食べながらパスタを食べることほど馬鹿げたことはない。
男はふとそう思った。
N:やれやれ、どうやらツイッターを始める気はないようだね。
みょうに気が萎えて、男は死んだ時間の匂いを感じた。そしておもむろにパスタを茹で始める。
わ:わたしがもっとも危惧するのは、パスタを茹でていれば村上春樹だと勘違いすることである。
人は誰しも弱い。
N:一般論だね。一般論を並べ立てたところで、僕らは幸せになれない。
もっと限定された状況について、僕らは話し合うべきじゃないか。
わ:そのとおりだ。だが、君は一般論すら理解していない。
もう言葉遊びはやめようじゃないか。僕は机によりかかってため息をついた。
N:そうそう、こんな話を知っているかい?
そういうと男は、パイプを取り出して、葉をパイプの先に詰める。
火を点けると一筋の煙が立ち上る。パイプの先から世界の真理が燃えていく。
わ:これはもしかすると、もしかするとだが、君がいうところの「こんな話」というやつをわたしが考えろということかい?
なんとひどい男だろう。ストックホルムのレストランで出された黄ネズミのスープを思い出した。
そういえば、綿菓子を作る機械というのは歯医者が発明したそうだね。
N:必要は発明の母というから、そして実際それはそのとおりなのだ。
愉快な話だね。
ウィルスセキュリティを売る会社がウィルスを作り続けているという噂ぐらい愉快だ。
ときに君、いいウィルスセキュリティを知らないかい?
わ:avastなんてどうだろう。
それは、メニューを見ずにカプチーノを注文するより軽快だ。
N:なるほどそれはいい思いつきかもしれない。
男はそう言いながら、ウィルスバスターをオンラインで購入していた。
それは、刈りたての羊の毛で作った、そうさっきまでそこを歩いていた羊だね、その羊の毛布にくるまれるような安心感を与えてくれる。
わ:「やれやれ」そうつぶやいて、僕はビスケットの最後の一枚をかじった。
退屈な灰色の味がした。
N:お詫びといってはなんだが、こんな話はどうだろう。
君はテセウスの船という話を知っているかい?
わ:たしかギリシャ神話の話だろう。
英雄テセウスの船をアテネの人々が保管していた。その船を長い年月維持するために、部品を交換して修理していく。
すると、最初から使っていた部品はなくなり、すべて新しい部品に置き換わってしまった。
それでもこの船はテセウスの船と言えるのだろうか?という話だね。
N:そうだ。わかりやすく言うなら、構成要素の置換によって同一性は保たれるかという問題だ。
わ:うん。君は、「わかりやすさ」という言葉を一日百回ノートに書けばいいんじゃないかな。
そんなのは、カスピ海のほとりでピザをつまむのと同じだ。
N:つまり、君ね。僕が言いたいのは、10年前の君は今の君と同じだろうかということだよ。
わ:おや、どうやら君はこの短時間に「わかりやすさ」を百回書いたようだね。
ようするに、チキンはチキン、銃は銃、僕は僕、君は君さ。
N:そうなんだよ!
それこそがこの世の真理なのさ!
そう快哉を叫びながら、僕は「この男、いったい何を言ってるんだろう?」と思った。
わ:先ほど、僕は言ったね。
「もう言葉遊びはやめようじゃないか」と。
その言葉を今、僕はゆっくり噛みしめているよ。自分のためにね。
N:つまりあれかい?率直にいって、君はなんにもわかってないということかしら?
わ:わかっているよ。
ただ、説明しなきゃならないんだろう?
説明しなきゃわかんないなら、きっと説明してもわかんないだろう。
N:いわゆる「ヘラクレイトスの川」というやつで説明できるかな。
人が同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている。
わ:そのとおりだ。
そのときの水は流れてしまっている。人は同じ水に入ることはできない。
ただし、同じ名前の川に入ることはできるんだ。
これがどういうことを意味するかわかるかい?
N:観測する場所によって、答えは変わるということだね。
わ:観測する場所、つまりそれは質問の意味を明確に限定することだ。
N:君の言うことはわかったような、わかんないような、いつもそんなふうだね。
わ:そもそもこのゲームがそんなようなものだろう。
N:僕は実際のところ、うんざりしているんだよ!
このもってまわった物の言い方!
まるでチーズとバターを足して2で割ったような気分さ!
わ:うん。僕もさっぱりわからない。
N:なにより腹立たしいのは、僕は村上春樹なんて読んだことがないんだ!
だから、これが合っているかどうかすらわからない。
わ:なるほど、驚いたね。
それにしてはずいぶんとよく出来ているようだ。
まるで、シベリアの氷でシャーベットを作るみたいにね。
N:つまり、さっぱりわからないってことさ。
わ:うん。それでいいんじゃないかな。 もっとわからないのは君が僕に連絡してきた理由だよ。
僕はてっきり、管理画面が落ちて納期を遅らせたことの謝罪かと思ったのだ。
あのときは、世界が終わったほどの衝撃を受けたものだ。
なにせ、納期当日の二時間前のことなのだから。
N:それについては‥‥、それについては、今ここで議論すべきことだろうか?
もっと僕らは、世界の終わりや、スタバの店員のかわいさ、Amazonで商品を買ったときのダンボールの無駄な大きさ、そういうことについて話すべきじゃないかな?
わ:言い尽くされているよ、そんなことは。
いいかい?
シルクハットの穴を空白として捉えるか、存在として捉えるかはあくまで形而上的な問題であり、それでシルクハットから出せるハトの数が増えるわけじゃないんだよ?
N:つまり、ごくシンプルに言うとだね、君は僕に土下座を要求しているのかな?
わ:そういう解釈も不可能というわけではない。
ただ、土下座というのも、そういう姿勢が好きなのか、謝罪を示すものかは当事者と相手方の認識によるね。
N:君が言っているのは共約不可能性の問題だね。
わ:いいかげん、お互い言葉を弄ぶのはやめようじゃないか。
N:うん。僕は一言、君にこう言えばよかったんだ。
ごめんなさい。
わ:気が済んだよ。許せないことなんて何もないのさ。
N:そういえば外出はいいのかい?すごく大事な用事があるって書いてたよね。
わ:あれはもういいんだ。
N:もう用事は済んだってことかな。
わ:うん。金属バットを買うつもりだったんだ。
まるで、初期のローリング・ストーンズみたいにピカピカ輝いているバットをね。
N:この寒いのに草野球とは感心だね。
わ:そうなんだ。君の謝罪がなかったとき、僕は君というボールを思いっきりぶっ叩いて、スタンドに放り込んでやろうと思ったのさ。
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